薔薇のマリア(2)壊れそうな君を胸に抱いて

薔薇のマリア〈2〉壊れそうなきみを胸に抱いて (角川スニーカー文庫)

薔薇のマリア〈2〉壊れそうなきみを胸に抱いて (角川スニーカー文庫)

ストーリー

サンドランド無統治王国の首都・首都エルデン。この街は、弱きものは殺し尽くされ、汚れなきものは汚し尽くされ、美しきものは破壊し尽くされ、大事なものは踏み躙られる。そういう街。
その過酷な世界を渡る主人公は美しきマリアローズ。「アンダーグラウンド」と呼ばれる地下世界を探索して、宝探しを中心に活動するクラン・ZOOという「一族」に所属している。
前作でのアンダーグラウンドでの探索行の終了後もマリアローズ達の生活は続いており、そしてエルデンの街では一つの異様なクランが力を伸ばしていた。
加虐的殺戮愛好会(SmC)
それは異形の怪人である「SIX」と呼ばれる男を中心にしたならず者達の集まり。そしてそのSmCと対立関係を深めている「秩序の番人(モラル・キーパーズ)」。そのような勢力図の存在するエルデンの中で、マリアローズは「秩序の番人」に所属する一人の少女・ベアトリーチェと出会う。この出会いが彼らの物語を加速する。良くも悪くも。
地下世界から光当たる地上へ舞台を移しても、光差す事によって隠されていた醜悪さが姿を現し、逆におぞましさが1巻より増したような印象すら受ける第2巻です。

1巻が

とりあえず「薔薇のマリア」の中心人物にスポットライトを当てて作られた少数精鋭の物語だとすれば、この2巻はエルデンという腐敗都市全体の人の動きを見据えながら話が進み、登場人物も一気に増加します。

アジアン

クラン・昼飯時(ランチタイム)のリーダーであり、虐殺人形(ガーネイジ・ドール)とまで呼ばれる強力な戦士です。
1巻の書き出しはこの男の視点で始まっている所から見て重要人物な訳ですが、マリアローズに対して向ける強烈で一方的な偏愛が彼を特徴的な存在にしています。
彼のモノローグを1巻から抜き出してみましょう。

この薔薇を見よ。ふくよかでやわらかな赤い花弁。奇跡的に生み出された神秘的な形状。美しい。だが、薔薇には棘がある。それでも、触れれば傷つくと承知していながらも、手を伸ばさずにはいられない。そう——
「それが、キミだ」

これだけだとちょっとした変態みたいですが、やはりクランを率いるだけの実力を持った男です。彼はこの2巻で「かつてマリアローズがSmCに襲われている所を個人的な事情(つまり偏愛)で助けた」という理由から、クラン・昼飯時をSmC絡みのトラブルに巻き込んでしまいます。その結果として苦渋の判断を下さざるを得なくなる訳ですが・・・。

S.I.X

SIXと呼ばれます。
細身だが長身、異様に白く、造形すら壊れた人外と言える狂った蛇のような存在です。首都エルデンに潜むありとあらゆる醜悪さを全てその身に詰め込んだような存在——と言えば良いでしょうか。踏みつけ、犯し、殺し、奪い、壊す。まるでそれ以外に行動の選択肢を持たないかのように破壊的に振る舞う存在です。
その奇怪さは・・・本編を読んで直接確認してもらった方が良さそうです。

ベアトリーチェ

今回の中心人物の一人と言っていいでしょう。血気盛んな少女ですが「秩序の番人」に全てを捧げており、誰かを守るためならいつ死んでも構わないと思っている所のある少女です。

「共通語を解しなくても、わたしの言いたいことくらいわかるだろう。貴様らの卑劣にして暴虐な行い、とうてい見すごすことはできない。義によって成敗する」

その姿勢は見事なのですが・・・しかし実力は足りない。魔都であるエルデンで希望と現実を繋げるための実力が圧倒的に足りない少女です。マリアローズは彼女を見てこのように思います。

まっすぐで、曇りがなくて、潔くて、まぶしくて——嫌になる。
「……それじゃ、死ぬだけだよ」

彼女がトラブルに巻き込まれた所をマリアローズはつい助けてしまうのですが、結果としてそれは既に緊張感を孕んでいた「SmC」と「秩序の番人」との間を飽和状態にします。

これら以外にも

新たな登場人物が一気に登場し、

  • 「SIX」率いるSmC(サディスティック・マーダーズ・クラブ)
  • 「デニス・サンライズ(太陽鬼)」率いる秩序の番人(モラル・キーパーズ)
  • アジアンをリーダーとするクラン・昼飯時(ランチタイム)
  • そしてマリアローズの所属するクラン・ZOO

などなどの色々な立場に所属する人間達の活動がつぶさに描かれます。さらにそれに加えて龍州から流れてきた一族がエルデンのパワーバランスに波紋を作り出し、事態は一気に混迷の度合いを高めます。
個人的な意地や、大切な者を無惨に奪われたことによる憎悪、多くの者達を率いる立場による苦悩、そして過去の栄光と郷愁——などなどが複雑に絡まり合って、物語は一つの結論を導きだします。

そして

マリアローズの過去の一端を垣間みることができます。

イシュタル・アガメムノ・ゴードン子爵という名の鬼畜変態を知っているマリアローズは、少しだけ想像できる。
やつらは愛だの何だのと言葉を飾って理屈を吐くが、そんなものは全部嘘っぱちだ。やつらは真実だと信じているのかもしれないが、結局はすべて嘘になる。
やつらは自分の快楽を唯一無二の王とし、それに仕え、従い、その王に媚びへつらうためなら何でもする。やつらに、いわゆる人間的な情を期待してはならない。

・・・本当にマリアローズの過去に何があったのかが知りたくなりますね。下世話な覗き屋根性ですが。


そしてトマトクンの謎。
トマトクンの謎ですが、彼は20年前に組織された「秩序の番人」の結成当時に活躍したという話が出てきますし、デニス・サンライズとも親しい友人だったようです。しかしその外見は20年前から変化が無い。そしてさらには恐るべき存在であるSIXとも知り合いであるようです。もちろん親しくは無いようですが・・・。

「lon-taim-no,see.」
SIXは上古高位語らしい言葉を口ずさみ、鬼火のともる両目をつり上げた。
「そう挨拶しておくべきかねえ。それとも、俺たちの間では挨拶なんて不要だったか」
「後者だろうな」

ここで「上古高位語」と言われている言葉は明らかに現代の「英語」でしょうし、この辺りからもこの「薔薇のマリア」の世界が「現代社会」と繋がっているのではないかという疑惑を強めてくれます。

総合

星4つ。
要点部分をピックアップするだけで何文字書けば良いんだか・・・という気持ちになりますが、おそらくこの2巻を最後まで読んだ辺りで今後「薔薇のマリア」シリーズに付いて行けるか/行けないか、が決まると思います。
この物語は良くも悪くも一貫したある種のリアリティを持って描かれていて、そこには希望的観測や勧善懲悪などと言った「弱い者が夢みる願望」などは一切通用しません。しかしそれが作品を引き締めるスパイスとして機能しているのも事実で、それが物語内で生きているキャラクター達に命の息吹を吹き込んでいるようにも感じます。
星は5から一つ減っていますが、まあやっぱり個人的にはちょっと夢が欲しいというか・・・まあ贅沢なだけですけどね。恐らく希望が少しだけでも繋がった事を喜ぶべきなのでしょう・・・。
イラストはBUNBUN氏ですが、1巻より好きですね。カラーイラストのムードは1巻の方が好きでしたが、本編内の白黒イラストはメインキャラクター紹介が1巻で一通り済んだ関係か、魅力がアップしているようにも思います。