地を駆ける虹

地を駆ける虹 (MF文庫 J な 3-1)
地を駆ける虹 (MF文庫 J な 3-1)七位 連一

メディアファクトリー 2007-09
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おすすめ平均 star
star未完成ながら、発展性はありそう
star一定の評価はするが,他人に勧める事はしません.
star失敗作

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ストーリー

英雄に憧れる少年がいた。名をネイブという。
そして英雄になれるかもしれないという過ぎた夢を見させる力があった。名をエレメントという。
エレメントは「空から振ってきた」とされる島・「楽園(エテルノ)の民」によってもたらされたもので、卵の形で人々の精神の中に宿り、そして何かを切っ掛けに卵の殻を破って力を現す謎の存在だ。しかし、エレメントのもたらす力が絶大なのもまた事実で、エレメントの出現によって戦争の仕方が一変してしまった程だった。
ネイブはエレメントを授かりながらも未だに卵の状態から変化の無い卵を暖め続ける「雌鳥」と言われてしまっている少年だ。しかし夢だけは捨てがたく、彼は身近な友人達とたった4人の傭兵団を作り、いつか大物になる事を夢みているのだが・・・。
夢みる事の愚かさ、道の見えない不安さ、真実の世界の苦さ、力が無いことが呼び起こす無念、無駄に肥大したプライド。そんなものを一身に詰め込んだ若者を主役に据えた、ある種残酷とも言えるファンタジー作品です。

すっぽりはまった

という一言で良いでしょうか。
最初の1ページ目からガッチリと主人公の心情に引き込まれてしまいました。ちょっと引用してみます。

潔くあきらめればいいのに。
なのに、自分は終りのない道の途中にいる。走ろうともせず、歩く気持ちすら削がれて、でもあの星がとてもきれいだから、ずっと立ったまま空を見上げているんだ。
近づこうともせず。
背を向けようともせず。
立っていても星は近づいてこないのに。


英雄に、憧れていたんだ。

まさに「憧れ」そのままですね。あの星が自分のものになるなんてとうてい信じられない。だって遠すぎるから。でも美しすぎる。だからつい見続けてしまう。
この心境を笑う事は出来ませんでした。本編中で彼はどこまでも「ヘタレ」と言っていい行動を取り続け、自分の願いや想いは空回りし、そして一つの破綻から転がり落ちるように奈落へ——しかし皮肉な事に「憧れた星のあった世界」へ——落ちて行きます。

そしてまた

皮肉な事に、現実が全てを否定していきます。
彼の師匠はネイブに向かってこう言い放ちます。

「お、おれだって、やる気ぐらい——」
「やる気がある奴はすでになにかやっている。お前はなにかしたのか」
「! おっ…………おれは……」
「努力はお前らを生かす。怠惰はお前らを死なせる。お前はどちら寄りだ?」
「…………っ」

さて、物語の結末は・・・まあ読んで各自確認してもらうとして・・・私はこの師匠の台詞を真っ向から否定するものであると受け取りました。
本来なら価値のあったはずの助言は、現実の力の前で意味を無くし。
本来なら優しさであったはずの振る舞いは、現実の前で残酷さに変わり。
本来なら高みにあったはずの憧れは、地に落ちて醜く爛れた存在に変わり。
どこで歯車が狂ったのか? 最初からどこか間違っていたのか? 分不相応な夢を叶えるためには代償が必要なのか? 何もかもは裏目へ、裏目へ・・・。狂ったまま回りだした現実は止まらずに加速して行きます。

それにしても

皮肉な物語ですね。
ベルセルク」での英雄・グリフィスが持っていた憧れとネイブの憧れは基本的に全く同じものなのですね。
しかしネイブはどうすればいいか分からないし、憧れに手が届くと思えもしないただの力と意思の無い少年だった。しかし「エレメント」が彼を狂わせる。
「一縷の望み」が彼の心を浸食して取り返しのつかないものにしてしまう。「ベルセルク」において、傷ついたグリフィスの前に再び姿をあらわした「ベヘリット」のように。
目の前に銃があった。
彼は夢のためにそれを手に取ってしまった。
しかし人を撃つ勇気も技術もなかった。
それでも憧れとちっぽけなプライドが銃を手放す事を彼に許さなかった。
そしてあるボタンの掛け違いが彼の燻り続けた心をあぶってえぐる。
彼はついに銃を撃つ。
弾丸の命中したのは——彼の憧れそのもの。

総合

星4.5位ですが、ダメ人間への応援の意味も兼ねて星5つ。
この話は主人公に感情移入出来るかどうかで人によって評価が180度位は平気でかわってしまう物語では無いでしょうか。
とにかく主人公のネイブのみっともなさと情けなさといえば特筆ものです。これこそダメ人間、これこそワナビって感じですね。見苦しいこと限りないのですが・・・しかし人生のある局面において、誰でも一度はこんな状態に陥った事があるのではないでしょうか?
何となく青春時代の自分を見ているかのようで、妙に心苦しいやら、妙に可愛いやら、妙に憎たらしいやら・・・複雑な心境になりましたね。
イラストは光崎瑠衣氏ですね。カラーイラストはつまらない(キャラクター紹介ですから)ですが、本編内の白黒イラストは構図とかキャラタクーに動きのある絵だったりとかして、良いですね。