イキガミステイエス 魂は命を尽くさず、神は生を尽くさず
イキガミステイエス 魂は命を尽くさず、神は生を尽くさず。 (富士見ミステリー文庫 84-1) | |
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ストーリー
両親を失い、たった二人で残された兄と妹。
元々幾つかの問題を背負って生まれた妹を支えながら暮らし、今は童話作家として生計を立てている兄・大悟。ADHD(注意欠陥・多動性障害)を持って生まれながらもそれを克服し、兄を一途に慕う妹・一樹。二人は支えあいながら必死で生きてきた。
しかし、そんな彼らを更なる過酷な運命が襲う。妹には白血病を。そして兄には・・・「今晩までの命」を。
その運命を大悟に告げに現れたのは、死神ならぬ生神。彼は死の運命に捕われたものに猶予を与える替わりに、あるものを要求するのだが・・・。
なんだか雲行きが色々と怪しいと言われている富士見ミステリー文庫の起死回生の一発・・・にはなれないかも知れないけれど、今後が期待できそうな新人の作品です。
全体的に
荒削りな感じはしましたけど、それを上回る情熱みたいなものを感じた作品ですね。
決して「読ませる」文章を書くのは上手ではないけど、この話を世に出したいという勢いとでも言うべきものをあちこちから感じました。
あとキャラクター造形にも光るものを感じましたね。主人公の大悟、妹の一樹、彼ら二人に関わる事になる看護士の志恵。それぞれの想いや行動原理が過不足無く書かれている感じは結構好感触でした。
ただそれのお陰でストーリー展開の描写の方がちょっと疎かになっているような気がしたのも事実ですね。「心の動き」と「その結果の行動」がすっきりイコールで結べない感じとでも言いましょうか・・・。
作者の想像の世界では完璧、でもその説明が不十分な感じなので伝わりきっていない・・・ですかね。
まあとにかく
上記のストーリー紹介にある通り「非常に過酷な環境下にある物語」です。
そこで人は何を選択し、何をつかみ取るか・・・というようなものが話の中心に来ますので、明るさというか陽気さは全くありません。しかし、それを上回る目的と意思が全編を覆っている感じが結構心地良いのですね。命の期限と、その間に叶えるべき願い。
「……ダイゴの描いたさ、あたしだけの絵本が欲しいって、ヘンかな」
妹の一樹の願いに、大悟はこう答えます。
「——宝石よりも輝いて、夜景よりも美しく、海のように奥の深い、百万ドルの絵本だ!」
悲劇的な物語なのですが、人の意思がその悲劇を塗りつぶして行く様は心地よいですね。
悲劇に後押しをされるような状況ではありますが、大悟は与えられた目的に向かって愚直なまでに邁進して行く事になります。そしてその姿はある種の清々しさを感じます。
物語は
幾つかの好意と、幾つかの悪意を織り交ぜて語られる事になります。
それらは時に主人公達を翻弄し、時に援助するような形で襲いかかります。一つ一つの出来事はある意味些細な日常の延長線上にあると言ってもいい事ばかり。しかしそうした現実的なエッセンスを追加する事で作品に妙なリアリティを与えているのが良いですね。
大悟の閃き、一樹の願い、志恵の秘密・・・色々とありますが、そのどれにしてもちょっと弱くて、ちょっと怖くて、ちょっと頼もしい・・・血の通った匂いのする「何か」があります。そしてそれを俯瞰した冷静な目で見ている作者・・・そこに惹き付けられますね。本文の中ではこのように書かれる箇所があります。
時は流れる。
とどめられはしない。
だから美しくあり醜くあり残酷であり、
すくい上げようと合わせた手のひらはあまりにも無力。
しかし、それと同時にこんな事も書かれます。
「あたしはダイゴに生きていて欲しいって願われているから生きているの。そんだけ。でもそれって凄い価値よきっと。あたしの命は百円一つかもしんないけど、生きる目的は石油王でも買えないわよ」
生きることの無情さの中に輝く一瞬の閃光。何もかもを奪われ続けても最後まで奪う事の出来ない何か。破れた胸のどこかに輝き続ける・・・。
総合
星4つかな。
応援の意味も込めつつ、何かモヤモヤとした清涼感(?)を与えてくれたこの作品に感謝も込めつつこんな感じ。
僕はある種ハマりきれなかった所がいくらかあるんだけれども、ハマる人はとても好きになりそうな物語ですので一読をお勧めしたいですね。
この作品自体は綺麗に閉じていますので素直に続編を書くのは難しいと思いますが、この作者の別の作品にも期待したい所ですね。もちろん正統な続編の構想があるならそれはそれで・・・読んでみたいような、いや、読みたくないような・・・。やっぱり綺麗に閉じているから読みたくないかな? 難しい所です。
あとちょっと気になったのがイラストでしょうかね。ちょっと大悟が子供過ぎるような気がして違和感がありました。