カラクリ荘の異人たち(2) 〜お月さんいくつ、十三ななつ〜

カラクリ荘の異人たち 2 ~お月さんいくつ、十三ななつ~ (GA文庫 し 3-2)
カラクリ荘の異人たち 2 ~お月さんいくつ、十三ななつ~ (GA文庫 し 3-2)ミギー

ソフトバンククリエイティブ 2008-08-15
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ストーリー

心の持ち様がちょっと人と違う少年・阿川太一、高校生。
彼は普通の人と比べて彼は色々なものを「感じない」少年だ。怖いはずのものが怖くない、不気味なはずのものが不気味でない、危険を感じるべき時に感じられない、そしてそれが理由で人になんとなく遠ざけられている少年だった。
ある時、彼は住み慣れた家を出る事になる。父の再婚相手とどうしても円満な関係が築けなかったからだ。これは「心の動かない」息子を心配しての父の配慮の結果だったが、結果として彼を家から追い出してしまうことにもなった。しかし、太一はそれを仕方のないこととして淡々と受け入れたのだった。
その父が紹介した転居先が「空栗荘」。賽河原町にあるアパートだったのだが、そこを訪れた太一を待っていたのは、普通の町並みを「表」、怪異の町並みを「裏」とする境界線に建つ不思議な下宿だった。

相変わらず

雰囲気が実に良いです。
人間と妖怪が出てくる話なのですが、その妖怪と人間の距離感が実に良いのです。彼らには彼らのルールがあり、それを違えるとナニが起きるか分からない・・・まるで見知らぬ野生生物たちのテリトリーに足を踏み入れているかのような感覚ですね。
一見可愛らしく興味深い、でも彼らのルールに違反した瞬間に人間のルールは一切通じなくなり、異界はその牙を剥く。そういう距離感です。

「妖怪の中には、哀れんだり気を許したとたんに、漬け込んでくる輩もいるんだ。卑怯なんかじゃなくて、人の道理や理不尽が通用する相手じゃないからなんだよ。それは、絶対に忘れちゃいけない」

作中でお露さんが語る言葉ですが、この考え方が前編を貫いていると言っていいでしょう。

しかし

そんな緊張感のある世界を舞台の半分にしつつも、やっぱりどこか優しくて、懐かしい感じがします。
それは色々なところに現れます。人に上手く共感できないことによって社会の中で居場所を失ってしまっている太一の存在を、空栗荘と妖怪の街は、優しく受け入れます。

よくあることだった。誰かと会話をしていても、相手の感情の動きが分からなくて、話をあわせられなくて、不愉快にさせてしまう。太一が思ってもみないことで、他人はいつもしらけたり怒りだしたりするのだ。

それは太一が普通の人と違うルールの中にいるからなのでしょう。でも太一は妖怪達と空栗荘の人たちに触れることによって、そんな共感できない部分を少しずつ変えていくことになります。
そうです。この話は妖怪変化と人間達の関わりを描く物語であるのと同時に、主人公の太一少年の成長物語でもあるのですね。

ところで

本編は二つの話から成り立っています。
「薄(すすき)売り」と「夢の交(かよ)い路」の2編です。二つとも実に特殊なタイトルですね。まずは「薄売り」ですが・・・。太一の同級生であり、1巻でも出てきていた和泉采奈の弟が、薄売りに攫われたといって空栗荘に相談に来るところから話が始まります。
薄売りにはついて行っては行けない・・・そのまま攫われてしまうから・・・そんな口伝があるらしいのですが、采奈の弟はそれを知らずに薄売りの手を取ってしまうのです。それを太一達が手助けして探し出すお話ですね。
この話の主題については本編で確認してもらうとして、作中になかなか魅力的なセリフが出てきましたので、それを引用しておきたいと思います。

「阿川君てさ」
太一をのぞきこむように、采奈はいきなりにゅっと顔を近づけた。
「どうしてか知らないけど、もしかして自分のことを好きな人間は誰もいないって思ってる? だからいつも一人でいるの?」

「いい? あのね、そんなこと絶対にないんだよ!」
並んで歩きながら、采奈は大きな目で真っ直ぐ、睨むように太一を見ていた。
「だって地球には今、六十六億も人間がいるんだよ。そんだけ人口がいて、その人のことを好きになる人間が一人もいないなんて、ぜっったいにない! 確率的にありえない! 日本だけでも、一億二千万人も人がいるんだからね!」

・・・例えは極端かも知れませんが、采奈の言いたいことはよく分かります。

もう一つ

「夢の交(かよ)い路」の方ですが、これは空栗荘の大家と関係がある話です。実は「薄売り」の話の段階から大家は眠りっぱなしでして、その結果現実世界と妖怪の世界両方に問題が出てしまっています。何故なら大家が「境界守」だからですね。
この話も本編の展開は実際に目で追ってもらうとして、魅力的な箇所をピックアップしておこうと思います。それは太一と空栗荘の住人の一人であるレンとのやりとりです。

「……ありがとう」
くぐもった声が聞こえた。レンが漏らした言葉に、太一は首を傾げた。
「そばにいてくれて、ありがとう」
「え……?」
「頭が変だとか気味が悪いとか、嘘つきだとか言わないでくれて、ありがとう」

レンはその身に特殊な力を宿しています。それは植物の気持ちが分かるというもの。それ故に彼は苦しんでいるのですが・・・。しかし、太一はそれから逃げませんでした。そして逃げなかったことによって、太一は一つ——小さいかも知れませんが——忘れていた胸の痛みと涙を思い出すのです・・・。

総合

星3つですね。
本当なら星4つなんですが・・・以下の「続きを読む」のところに書かれた理由によって星を1つ減らします。興味のある人だけ「続きを読む」を読んで下さい。まあ一種の愚痴なので(あるいは私の記憶力の無さを人のせいにしているとも言えます)、読んで楽しいとは思えませんけど・・・。
しかし内容的には1巻の時と同じように実に雰囲気が良く、読了感も実に良いものでした。もし1巻を読まれていない人がいたら、これを機会に1、2巻を同時に読まれてみてはいかがでしょうか。
イラストはミギー氏ですね。絵の感じが作品に実にあっていますし、また本編内の白黒イラストも魅力的なものが多いです。正直に言ってどのイラストも良かったなあ・・・という感じですね。うんうん、好きです。

感想リンク

で、

以下のしばらくが私の愚痴です。
大抵の人には関係の無い話ですが、1、2巻を一気読みする人、1巻を再読しまくった人には特に関係の無い話ですのでスルーして下さい。ついでに蛇足だとも思いますので「続きを読む」にしておきます。

正直に言って

この本、読み始めてしばらくはイライラが止まらなかったです。
何故かというと・・・作者——あるいは編集者もそうかもしれないけれども——が、1巻が出てからこの2巻が出るまでの1年間という時間を重く受け止めていないという風に思ったからなんですが。
もちろん1年間くらい新作が出ない作家やシリーズもありますが、それでも許されるのは超人気のシリーズとか、あるいは既に既刊が5、6冊出ていて登場キャラクターが読者の頭の中で完全に定着しているような場合です。
このシリーズの場合は超人気シリーズとも言い難いですし、しかもまだ1冊しか出ていない訳です。

それでもまあ・・・

登場するキャラクター達を上手く説明してくれるようなエピソードを序盤に挿入してくれているのであればまだ許せます。
例えばですが、

  • 空栗荘で暮らすことになった阿川太一はどんな少年だったか?
  • 太一に何故か話しかけてくる和泉采奈はどんな少女だったか?
  • 空栗荘で暮らしている他の住人(タカハシ、ミヨシ、井原古都子、風田レン、十遠見順)はどんな連中*1だったか?
  • 空栗荘の「向こう側」にはどんな世界があり、どんな住人達がいたか?

などなどです。

しかし、そういうことを序盤で上手く説明してくれていません。
ということは・・・この2巻は「何度もこの作品を再読しているような一部の読者」にしか入り込みにくい展開になってしまっているということです。

こういったらなんですが

1年前に合コンで会っただけの人から突然電話がかかってきたようなもんですよコレ。
たとえ1年前に

「ちょっといいな・・・」

とか思っていたとしても、1年間なんの音沙汰もなければ

「誰だお前」

となるのは当たり前です。1年間は知人が他人になるのには十分な時間です
それでも「あの時、ほらあの時の私!」みたいに上手く話を進めてくれればいいですが、それもなくいきなり自分語りに入られたような気分です・・・分かりますかねこの気持ち。
ちょっと待てよと。ちょっと黙ってここに至るまでの経緯を説明しろと、そう言いたくなりませんか?
こういう使い方をするのはおかしいのでしょうが、リーダビリティというか・・・物語に入り込ませるための「読みやすさ」とでも言うべきものが完全に欠落していますね。登場人物紹介ページは無いし、キャラクター(特にサブキャラクター)を上手く説明しているエピソードも無い・・・。
特定のキャラクターの強烈な個性とかが売りの小説ではなく、全体の雰囲気が売りだと思える作品なので、それを読者が味わうために必要不可欠とも言える「作品の案内役」つまり「登場人物」についての基礎的な描写の欠落が非常に痛いと思いました。
作者の中では1年間この話は常に頭の片隅にあったのかも知れませんが、読者にとってはそうではないんですよ? と言いたいですね。他の人気のシリーズとかは、この1年間に何冊新作を出していますか? つまりは、そういう事です。
1巻を読んだときに好感触だった分、この2巻での読ませ方が非常に残念に感じました。もし次、こんなに新刊が出るのが遅れたらもう読みたくありません。
シリーズとしてやっていくつもりがあるなら、プロである以上もっとしっかりとスケジュールを立てて執筆して欲しい、もし遅くなるならそれに見合った作品作りをして欲しい・・・そう思います。

*1:(タカハシは太一の隣に住む「声だけの住人」ですし、ミヨシは才能の無い悪霊祓いで、古都子は妖怪に師事する木彫り師、レンは感受性の強い花屋の店員、十遠見はミヨシより優れた職業悪霊祓いです)