ダン・サリエルと白銀の虎

神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルと白銀の虎 (GA文庫)

神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルと白銀の虎 (GA文庫)

ストーリー

楽家にして神曲楽士、そして若くてイケメンと何拍子もそろった演奏家であるダン・サリエル
古くて高尚であることを拝み倒している老人たちの音楽を馬鹿にしながら、大衆受けの良い音楽をやりながら新しい音楽界を作っている業界の旗手の一人であった。しかし、その性格には難アリで、今日も元気に傲慢で高慢ちきだった。
そのサリエルが突然、契約中の中級精霊を脇に置いたまま、先日偶然出会った上級精霊とも契約をしたいと言い出したのだった。
しかし、精霊と人間の契約は基本的に精霊が人に対して願い出るもの・・・。上手く行くはずがないと、サリエルと契約している少女の姿をした精霊・モモは思ったりするのだが、プライドの高いサリエルは一顧だにしない。意気揚々とその上位精霊・コジのところへと向かうのだが・・・?
ポリフォニカシリーズに新たな色のシリーズが短編形式で誕生! 作家は「あの」あざの耕平です。

さすが

と言ってしまっていいと思うのだけど・・・面白いですね。
主人公のサリエルが持っている「もの凄〜く高いプライド」と「むき出しの反骨精神」という性格付けがシンプルな物語に緊張感をばっちりと与えていると感じますね。

「どうせ引き連れるなら、中級精霊より上級精霊の方が箔がつく。何より、オレは奴が気に入ったのだ。特にあの見栄えの良さがな。奴こそ、オレが引き連れるに相応しい相手よ。クク。ククク。クハハハハハ!」

「貴族だのパトロンどものご機嫌取りで、悦に入っていたジジイどもっ。貴様らの時代は終わった。このサリエルさまが終わらせた! これからは、愚かで盲目的だが可愛い大衆どもの頂点に立つ者こそ、真のアーティストとなり、偉大なミュージシャンとなるだろう。つまり、この天才ヴァイオリニスト、ダン・サリエルさまが! ひれ伏せ旧時代のクソジジイども! 崇めよ蒙昧な一般大衆! わはははは!」

実力もあって高慢ちきだけど・・・同時にかなりバカが入っているタイプです。
でもそれだけだと疲れる話になりそうですけど、そこをヒロイン(?)のモモのお気楽でめげない性格がやんわりと受け止めている、そんな感じがします。

「しかも私服のサリエルさまと、こんなところを一緒に歩けるなんて! なんかボクたち、デートしてるみたいですよね! デート!」

お気楽。

「ハムエッグだって美味しかったのに……何も、ボクのチョコパンダパンを食べなくても……ねえ、タマ? サリエルさまは意地悪だねえ?」

金魚に語りかけてストレス解消。全然めげない。
この辺りのキャラクター作りは流石あざの耕平! と言える出来でしたね。ここでは触れていませんが、上級精霊のコジも、別の楽士のアマディアもなかなかに魅力的です。特にコジはいいですねえ・・・。

・・・でも

このままの話作りを続けると、星5つには絶対に届きそうにないんだなあ・・・とも思ったんですね。
いや、面白いと感じたのは事実だし、読んでくれれば大抵の人は面白いと思うんじゃないかな〜とは思うんです。でもそれって「上手さから来る面白さ」なんですよね。
上手いです。巧みです。いっそ見事です。でも上手いだけで、それ以上が欲しいところで「足りない」という印象。音楽に例えれば——まるでメトロノームの刻むリズムのようにまとまっているんだけど・・・それで人の心は満腹にならない、それと同じでしょうか。
人の心を動かす音楽は、いつだって情熱溢れた一瞬のひらめきとも言えるものであるはずです。

特に

それを感じるのが、この物語のキモともいえる音楽の演奏シーンで、多分物語的には一番盛り上げなければいけないシーンだと思います。でも・・・そこになんの艶やかさも感じなかったんですね。
確かに話の中では音楽が鳴り響いています。あちこちで、色々な人の手によって奏でられる音楽・・・でも、その描写がある「だけ」みたいです。まるで写真の中の音楽みたいに感じました。だってちっとも「音」が聞こえてこないんですもの。
特にそれを感じたのは演奏シーンのたっぷりある「ダン・サリエルと孤高の老楽士」ですかね。
でも、それとは逆に、キャラクターが動き回り、キャラクターが思い感じるシーンなどの「演奏以外」のシーンではちゃんと「音」が聞こえて来た印象を受けます。生き生きとしたリズムで、時になめらかに、時に鮮やかに。
これは「モモ・パルミラファルスタッフの幸せな一日」や「ダン・サリエルと栄光のヤマガ00壱型」で顕著だと思います。

つまり

ポリフォニカシリーズで話が盛り上がる部分となるはずの演奏シーンでの、全く同じリズムで刻まれたかのような「空白」が気になる・・・そんなところでしょうか。音楽なのに胸が熱くならない、ときめきが生まれない。
個人的にこういう比較は好きではありませんが、「さよならピアノソナタ」の演奏シーンにあるものが、この本には全然ない・・・そう言ったら、上手く伝わるでしょうか。
ポリフォニカシリーズは「音楽」と不可分なシリーズです。だから今後も音楽の演奏シーンは何らかの形で関わってくるでしょうね。そこにまた同じような「空白」があったとしたら・・・残念でしょうねえ・・・。だってもっと胸を熱く焦がすような作品が読みたいじゃない?
結局の所、多分私はこう言ってしまいたいのです。

「この話、ポリフォニカでやる必要はあったの?」

と。音楽を抜きにしたオリジナルのファンタジー作品だったらこんな印象は持たずに楽しめたに違いないと思ったからです。
これはひょっとしたら向き不向きの問題かも知れませんねえ・・・。あざの耕平の文体はどちらかと言えば質実剛健な感じですし。音楽を描写するのに向いているようには・・・まあ現状では思えませんでした。

ついでに言えば

この作品にも赤シリーズのキャラクターが出てくるんですよね・・・。それも難点と言えば難点かなあ?
だってぶっちゃけポリフォニカシリーズで赤が一番つまんないんだもん! そのキャラクターを出されてもなんつーか、イマイチっつーか、この作品を楽しむためだけに赤シリーズまで読む気は流石におきないっつーか・・・。
個人的には、

「またお前らかよ〜。いいからどっか他のところでやっててくれよ〜」

という気分です。まあぶっちゃけ「赤」に関してはもう読むの止めてるしな〜。
まあ「赤」は中心に存在している作品みたいだから仕方がないのかも知れないけど・・・正直もう止めてくれねーかな〜、こういうの。シェアードワールドの醍醐味にキャラクターの使い回しがあるのは事実だけどさ・・・。
まあ精霊のコーティカルテは仕方ないにしても、人間キャラは名前くらいの登場に止めて欲しいです〜。

総合

文句をたらたら言っているわりには星4つ。
つーかあざの耕平だからこその高望みをバリバリで書いてるんであって、物語としては充分に面白いんですからこれはまあ順当な星の数だとは思います。
演奏シーンの物足りなさを除けば不満は全くないと言って良い感じですしね。ただその演奏シーンを欠かせない世界なのが「ポリフォニカシリーズ」ですしねえ・・・今後はどうなっていく事やら・・・。
でもまあ、サリエルもモモもコジも魅力的。ま、アマディアは見せ場がちょっと無かった感じでしたけど、それも多分続きが出れば解消されていくでしょう。
話の作りも短編ごとに趣向を変えて楽しませてくれます。一つ楽しみなシリーズが生まれたことは間違いないですね。

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