楽園まで

楽園まで (トクマ・ノベルズEdge)

楽園まで (トクマ・ノベルズEdge)

ストーリー

降りしきる雪の止むことのなくなった世界。その真っ白く塗りつぶされた大地の上を、よたよたと歩き続ける二つの小さな人影があった——。
少女と少年。うり二つの外見をした彼らは双子。そして世間からは「悪魔」として忌み嫌われる異能を持って生まれてしまった双子・ハルカユキジ。ある凄惨な出来事を切っ掛けに心を失ってしまったユキジの手だけを握りしめながら、かつて二人を暖かく迎えてくれた大人が夢見るように語っていた「楽園」を探して、ハルカは今日も放浪を続ける・・・。
ただ一つだけの手がかりである「楽園」を描いたという絵を見るために、狩人と呼ばれる教会の追っ手から逃れながら。らくえんへ、らくえんをめざして、二人は歩き続ける——。

表紙を見て

即買いですねこの本。
えー何やらトクマ・ノベルズ新人賞受賞だということもありましたが、とにかく表紙にずきゅんと胸を撃ち抜かれてしまいました。ここに表紙買いした人間が一人いることは確かだから、作者の人はとりあえず絵師の友風子氏に感謝するといいと思う。

それはともかく

話については・・・なんて説明したらいいんでしょうね。
逆に聞くところから始めましょうか。つまり、らくえん・・・「楽園」ってあると思いますか? どうでしょう? あると答えられる人、ここを読んでいる人の中にどれだけいるでしょうかね?
答えはそれぞれの胸の中に留めておいて頂いて結構ですが、この話はとにかくその「楽園」を、自分たちが恐れず/恐れられず暮らすことの出来る「楽園」をひたすらに目指して旅をする少年少女の話です。
雪深く、空は鈍色、凍える吹雪の中、僅かな路銀を手に、ささやかな暖を取り、空腹に耐えて、追っ手から逃れながら幼い二人が旅をしていく話です。ええ・・・間違ってもおもしろおかしい話ではありません。

でも

引き込まれます。
ユキジは心を失ってしまっていますから、この話は丸ごとハルカという少女の話と言っても良いかも知れません。そしてそのハルカの持つ想いの強さに引き込まれてしまうのです。楽園を求めざるを得ない程追い詰められたハルカの心に知らず知らずのうちに同調してしまうのです。

「私たちが、何をしたっていうんだ」
震える。
彼女の震えに同調するように、黒い森が大きく揺れ動いた。
おうおう、おうおう。
おうおう、おうおう。
「私たちはただ生きていたいだけなのに!」

そしてハルカの世界にシンクロすればするほど、ハルカを取り囲む薄汚い閉塞に、そしてこの物語世界の暗がりと、この現実世界の暗がりが嫌って言うほど「似ている」事に気がついてしまうのです。

私たちも

きっと毎日を過ごしながら、「楽園」を求めて彷徨っているのではないでしょうか。
でも——その「楽園」は一体どこに? その思いが僅かでもあるのであれば、きっとこの物語には共感できるはずです。少なくとも私は薄々——嫌々ながらも——感づいています。この世に「楽園」は存在せず、「善」も無く、そして恐ろしいことに、「悪」すらも実は存在しないのではなかろうか、ということに。
神は、いない。ならば悪魔もいない。悪がないのであれば——善すらもない。私たちの前にあるのはハルカの口にする「楽園」のようなあやふやな願いだけで、確かなものなど何一つない。
ではハルカたちの目指す「楽園」とは? 物語はどんな「楽園」を用意したのか?・・・ぜひ本書を読んで確かめてみて下さい。

総合

星・・・5つにしちゃおうかな。
もう少し物語を盛り上げることも出来たと思う部分がありますので実際の所4.5位ですが、出来れば多くの人にこの物語を読んで欲しいと思いましたので、敢えて5つ星にしたいと思います。丁寧で素直な文体や、奇を衒わない物語作りにも好感を持ちましたし、この程度のサービスはありでしょう。
最後に、もう一度聞きます。「楽園」ってあると思いますか?
その「答えらしき」ものがこの物語の中には描かれています。それは読み手によっては答えでもなんでもないものなのかも知れませんが・・・私にはそれで十分だったと思えます。

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