雪蟷螂

雪蟷螂 (電撃文庫)
雪蟷螂 (電撃文庫)紅玉 いづき

アスキーメディアワークス 2009-02
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おすすめ平均 star
star残念!!
star寒々しい雪景色を溶かすような激しい想い

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ストーリー

凍てついた山脈の遙かな土地で暮らす一つの一族があった。
涙さえも瞬時に凍り果てるようなその山深い暮らしながらも、その炎のような苛烈な生き様と戦いの力を持った彼ら:フェルビエ族は畏怖を込めて他の一族「雪蟷螂」と呼ばれた。
彼らはやはり山脈で暮らす別の一族であるミルデ族と長らく戦いを続けてきたが、先代の族長の命がけの盟約の結果、10年間の停戦を過ごし、そしてそれを更に確かなものにするように族長同士の婚礼が行われようとしていた。
フェルビエ族の族長・アルテシアは、一触即発とも言えるミルデとの間を「血縁」で繋ぐべく、彼女の全てを——その血の一滴、想いの欠片全てをも——一族のために捧げた娘。その娘が婚礼の儀式のために、今、敵であったミルデの族長であるオウガの元へと向かうためにフェルビエの村を旅立つ。ただ二人の従者だけを従えて。
従者の一人は影武者として育てられた娘・ルイ。一人は近衛兵として取り立てられた寡黙な男・トーチカ
吹雪激しい山奥で繰り広げられる熱い血の滾りと迸りの物語。そしてまた——「人食い」の物語でもある。

紅玉いづき

今回の作品を読んでいて何となく思い浮かんだのがある一つの映像だったのですが、これが結構不思議なものでして・・・何故かNHK辺りの科学特集辺りでCGで映し出される太陽系の映像だったりします。
何故かな? なんて思ったんですけど、デビュー作「ミミズクと夜の王」を今思い浮かべると何故か「月」が思い出されますし、次の作品「MAMA」を思い出すと焼けただれた大地を描いた「水星」を思い出したりするのです。そして、今作「雪蟷螂」ですが——凍てついた冥王星の大地を思ったりしたのです。
その全てに共通するものとは何か? と考えたときに当たり前のように思いつくのが全て「太陽」の周りを巡っているという事でしょうか。

太陽は

近づけば時に焼き尽くし、離れれば凍りつかせます。
陽が差せば大地を溶かし尽くす事もあれば、陽が陰れば何もかもが凍りつく。そんな冷酷にも思える無慈悲で——運命のような——全ての支配者として君臨しています。何食わぬ顔で中心に居座りながら、何食わぬ顔で与え、何食わぬ顔で奪う。それが太陽ではないでしょうか。
そして、紅玉いづきの作品での太陽と言えば——もちろん「愛」の事を指すのでしょう。
全ての人々が「愛」を求めて彷徨い、時に見失い、時に奪われ、時に手に入れ、時に焼き尽くされる。そしてこの作品は「愛」から遠く離れた凍土から敢えて「愛」を描いた作品・・・そんな作品です。

凍てつく大地

だからこそ、その土地で暮らす人々の情念は深くなります。それは憧れとも呪いともとれる恐るべき想いの固まりのように感じます。
血を流すことでしか語れない愛があり、死を持ってしか現せない愛がある。止むことのない吹雪に包まれた山脈は、そうした想いの灼熱をより一層鮮やかに包みます。

痛み。口づけ。殺意。赤い血。
——ああ、吐き気がする。
「貴方を」
風よ吹け。
嵐よ起これ。
この声を、この言葉を、かき消してしまえ。
「あなたを、喰べたい」

ああ——深き、深き、憎悪にも似る深き深淵のような「雪蟷螂」たちの愛。それは愛するものを食らいつくさんとする愛。雪深き世界が愛の深さを育んだのか、あるいは内に灼熱を抱えていたから凍土での暮らしを耐え抜いたのか、それは分かりません。
私は彼女の言葉を聞きながら思ったのです。恐ろしいと。しかし、同時にこうも思いました。ああ、食らいつくしてくれ——骨一本、肉の一欠片すら残さず喰らい尽してくれ——と。彼女たちの愛は、男として生まれたものがどこかに隠し持った根源的な「死への憧れ」の扉を叩くのです。
まるで喰らわれるためにこそ生まれてきたのではないかと思えるような男の命、まるで喰らうためにこそ生まれてきたかのような女の命。どちらがより尊いなどと言う無粋なことを言うつもりはありません。ただ雪深い大地で営まれる彼らの生き様が眩しいです。

総合

星5つにしちゃうんだよねえ・・・。
女性作家に甘い? でもこの作品にあるような想いの深さを描かれると私はどうしても何か古の偉大な名も無き神に出会った気分のようになって、自然と頭を垂れてしまうのです。そうなるように出来ているかのように、気がついたら深く感じ入ってしまうのです。
だから仕方がないのです。星5つにする他ないのです。あるいは沈黙を守り、この吹雪が通り過ぎるのを待つしかないのです。そういうものがこの本の中で描かれているのです。
結局のところ、どう言ったところで私は紅玉いづきの紡ぎ出す世界にすっかり魅入られてしまっているのでしょう。これも一つのちょっとした恋なのかも知れませんね——。

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