アクセル・ワールド(1)黒雪姫の帰還

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)

ストーリー

ニューロリンカーによってネットワークを介して何もかもをやりとりすることが可能な技術と基盤が整備されつつも、あいも変わらず旧態依然な学校教育などと言うものが蔓延っている、ちょっとした未来。
ハルユキは学校の中で息を殺して暮らしていた。小太りで冴えない外見の自分。誰にでも卑屈な自分。同級生に虐められている自分。現実世界の何もかもを否定したくなるような毎日を、今日もネットワークに深く沈むことでやり過ごしていた。
しかし、彼が仮想世界でたたき出した脅威のゲームスコアが一人の少女の目にとまる。その少女は黒雪姫と呼ばれる美しい少女で、ハルユキにとっての雲上人のような少女だった。声をかけられることなど——いや彼女の視界に入ることすら——畏れるハルユキだったが、黒雪姫は向こうからハルユキに接近してきたのだった。そして、彼女は告げる。

「もっと先へ……《加速》したくはないか? 少年」

その黒雪姫がハルユキにもたらしたもの。それは「ブレイン・バースト」と呼ばれる、刺激に満ちた仮想世界へと誘う、余りにも危険で、余りにも蠱惑的なプログラムだった・・・。
電撃小説「大賞」の作品が、いきなり1巻と銘打って登場です。

これは

面白いわ!
世界設定に関して言えばサイバーパンクから「パンク」を抜いた世界観というか、「攻殻機動隊」から「混沌」の二文字を取ったような世界観とでも言えばいいんでしょうかね。
今や誰でも持っている携帯の置き換わった先に「ニューロリンカー」というシステムがあって、それを使わずに過ごすことなど不可能になりつつも、やっぱり少年少女は少年少女で、学校は学校で・・・という感じの舞台で物語が進みます。

その辺りに

ついては主人公のハルユキがこのように述懐しています。

なぜ、本物の教室や学校なんていう下らないものが必要なんだ。人間はもう仮想世界だけで生きていけるし、実際そうしている大人は腐るほどいる。過去には、人間の意識をまるごと量子データに置き換え、本物の異世界を構築しようという実験まで行われたほどだ。
それなのに、集団生活を学び、情操を育てるため、なんて馬鹿みたいな理由で子供はひとまとめに現実の織にぶちこまれる。荒谷たちはいいだろう。適度にストレスを解消し、小遣いも節約できるんだから。でも、僕は——これ以上、どうすればいいんだ。

イジメ、パシリ、カツアゲ・・・。仮想空間に広大な世界が広がる未来であるにも関わらず、ハルユキを包む現実は余りにも醜悪で、余りにも閉塞感に満ちています。昼休み、人目を避けるようにして閉じこもるトイレの個室・・・そこが「現実」のハルユキに許された全て。

しかし

それを書き換えるのものが現れます。
一つは黒雪姫の存在そのものであり、もう一つは彼女のもたらした「ブレイン・バースト」というプログラムです。黒雪姫は鬱屈して歪められたハルユキの精神が生み出した「解放を望む力」に大きなエネルギーを見いだし、それを解放させる先として「ブレイン・バースト」を与えるのです。
簡単に言ってしまうとこの「ブレイン・バースト」、精神と思考を数千倍に加速させつつ、仮想体の新たな自分を作り上げ、対戦格闘の世界へと送り出す一種のゲームプログラムであり、同時に現実に干渉することも可能にするものの使う者を選ぶ・・・言わば「裏ソフトウェア」とも言えるプログラムなんですが・・・それを手にしても主人公のハルユキ、徹底的に卑屈です。
ですが、そこが良いんですね。

とにかく

ハルユキは卑屈です。脆弱・醜悪・鈍重としか思えないリアル(現実)の自分をひたすら否定し、人の好意に対しても素直な反応を返すことが出来ません。

「僕は……僕は、ほんとは、先輩とこうして話せるような人間じゃないんです。かっこ悪いし、ぷよぷよだし、泣き虫だし、たった二人の友達を恨んだり妬んだり、すぐ走って逃げたり、ほんとだめなやつなんだ。最低なんです」

ハルユキは、黒雪姫が与えてくれたチャンスに感謝しつつも、同時にそれを「彼女の慈悲の心なのだ」と感じてしまうほど、卑屈です。

しかし・・・

そこが実にいい。実に感じる。
それこそがリアリティであり、同時に——ひょっとしたら読者の実生活と——深く深く「リンク」する部分ではないでしょうか。少なくとも私は完全にリンク出来ました。
ハルユキのその心は思春期特有の、と限定してしまうには無理があり、いつだって誰だって思ったことがあるに違いない——後ろ向きな心。それが読者である私ととても皮肉なことに「心地よく」リンクします。
そして、ハルユキはその卑屈な心を抱えながら「ブレイン・バースト」のもたらす戦いのフィールドに足を踏み入れることになります。彼の心がその戦いを通じてどう変化していくのか・・・楽しみですね。

総合

確かに面白いので星5つですね。さすがは「大賞」と言ったところでしょうか。
物語にグイグイ引き込まれてしまって、今日の通勤時間はあっという間でした。おお、もう乗り換えの駅か!? なんて思ったのは久しぶりのことです。この話は、シンプルかつ単純に面白いのです。
いきなり1巻となっていることから続刊がでるのは多分確定しているのでしょうし・・・とにかく楽しみなシリーズが一つ増えました。
ところで話は変わりますが、解説を書いているのが「あの」川上稔なのですが、なんだか全力ではっちゃけてます。同じ世界観での短編を一本仕上げた挙げ句、なんか独自のイラストまで付けているという暴走っぷりです。まあそのあたりの事実からも、この本の面白さは伝わるんじゃないでしょうかね。でも・・・川上稔自重w

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