カラクリ荘の異人たち(3) 〜帰り花と忘れ音の時〜

カラクリ荘の異人たち 3 ~帰り花と忘れ音の時~ (GA文庫)
カラクリ荘の異人たち 3 ~帰り花と忘れ音の時~ (GA文庫)霜島ケイ  ミギー

ソフトバンククリエイティブ 2009-04-15
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ストーリー

心の持ち様がちょっと人と違う少年・阿川太一、高校生。
彼は普通の人と比べて彼は色々なものを「感じない」少年だ。怖いはずのものが怖くない、不気味なはずのものが不気味でない、危険を感じるべき時に感じられない、そしてそれが理由で人になんとなく遠ざけられている少年だった。
ある時、彼は住み慣れた家を出る事になる。父の再婚相手とどうしても円満な関係が築けなかったからだ。これは「心の動かない」息子を心配しての父の配慮の結果だったが、結果として彼を家から追い出してしまうことにもなった。しかし、太一はそれを仕方のないこととして淡々と受け入れたのだった。
その父が紹介した転居先が「空栗荘」。賽河原町にあるアパートだったのだが、そこを訪れた太一を待っていたのは、普通の町並みを「表」、怪異の町並みを「裏」とする境界線に建つ不思議な下宿だった。

3巻目ですが

柔らかでそれでいてむずむずと暖かい雰囲気は健在ですね。
人と妖怪、そしてその境界に立ちすくんでしまっているような少年である太一を中心にして語られる奇譚は、不思議な優しさに包まれています。今回は大まかに分けて3つのエピソードからなっているのですが、そのどれもが囲炉裏でチロチロと燃えている熾り火のように大切な瞬間を切り取った出来になっているんじゃないでしょうか。
人、妖怪、そして太一。彼らを取り巻くその全てにソフトフォーカスの優しい視点が感じられて、読んでいるだけで幸せな気分になれる、そんな作品に仕上がっていると思えました。

そして

時に、読むものをはっとさせるような言葉を文章の中に滑り込ませてくるのです。

「君は『どうでもいい』という言葉を時々使うけど、『どうでもいい』と言われてかまわないものなんて、この世にはひとつもないんですよ。人間も動物も妖怪も、樹や草や虫だって」

叱責ではありません。指摘ですらなく、「ヒントですよ――」と前置きをした上で語られるこの言葉が、何故だがするっと心の中に滑り込んできました。「どうでもいい」=「無関心」という心の動きに秘められた寂しさとでも言いましょうか。
・・・時として無関心でいることは大事な事でもありますが、時として無関心ほど人を苦しめるものもありません。
・・・一人暮らしをする太一の元に実家から送り届けられた、固すぎて甘すぎる「失敗した手作りのクッキー」。果たして、そのクッキーは「美味しいのか」「まずいのか」「どうでもいい」のか? ・・・その答えは太一にとって非常に重要な意味を持っています。もちろん太一にとってだけではなく、この物語を読む全ての人にとって。

また

今回出てきた新しい妖怪の一人が、太一の中に沢山の大事な言葉を残していきます。
それはある種の恋の指南であり、ある種の想いの丈であり、ある種の人生観でもあります。一つ一つは些細と言ってもいいであろう「当たり前の事」なのですが、普通とちょっと違う太一にとっては篝火のように足許を照らす言葉となります。
手作りのクッキー、手作りの軍手・・・「物そのもの」以上に大切な「そこに込められた人の想い」。それが分からない太一は「分からないまま」ではありながらも、それを不思議な違和感として捉えています。そして太一が違和感を感じるその瞬間、読者である我々の心には、小さいけれども大切な明かりがひとつ、灯るのです。

総合

星4つですね。
ちょっと他では読めない作品として仕上がっていることは間違いないと思います。日常に潜む些細だけどとても大事な事――ともすれば時間に流されてつい忘れてしまうその瞬間を切り取って、

「はい、これ」

と贈り物のように渡してくれる物語です。
うきうきするような物語ではないですし、どきどきするような物語でもないというある意味ライトノベルの異端とも言えるような作品ですが、それでも読んで決して損しないのではないでしょうか。
イラストを手がけているミギー氏のやわらかなタッチそのままに、物語も柔らかく、それでいて心に残る作りになっています。いい物語に出会えた――読了後、きっとそんな風に思える作品なんじゃないかと思います。

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