薔薇のマリア(11)灰被りのルーシー

ストーリー

一つのみすぼらしい人影がその乗合馬車にあった。蹲った小さな人影は奇妙なことにバケツを頭からすっぽりと被っていた。
頭からすっぽりとバケツを被ったその人影は明らかに不審人物だったが、一応ちゃんと名前も持っていて、さらにはしっかりとした目的も持っている旅人だった。名前はルーシー・アッシュカバード。そしてルーシーの乗っている馬車は、もうじき目的地へと到着するはずだった。
それは、サンランド無統治王国・首都エルデン。恐るべき混沌の街。しかし、ルーシーはそれを知らない。
ルーシーはただ単に生き別れになっている父親を捜してこの街を訪れたのだった。故郷で一緒に暮らしていた母は病に倒れた。ルーシーは愛する父の姿を求めて単身大陸を旅し、そしてようやく目的の街へと辿り着いたのだ。母を亡くしたルーシーには父を捜す他に何もなかった。
遂に目的の街に辿り着いたルーシーは達成感と喜びを感じていた。期待もあった。そうして降り立ったエルデンの街。そしてルーシーは――。見事なまでにつまずいたのだった。エルデン。背徳と悪徳と無法の街。何も知らず、金も持たない16歳に過ぎないルーシーはいきなり放り出された現実の前で余りにも無力すぎ、それはエルデンの街に巣くう悪意に食い物にされるために設えたように無防備だった。
しかしその悪意の手が届く寸前、一つの人影が現れる。燃えるような真紅の髪に透き通る橙色の瞳。その人影はお人好しにもルーシーに手を差し伸べたのだった――。
新章突入という感じで思いっきり新キャラ中心で語られる「薔薇のマリア」の11巻です。

いやあ

12巻の感想を書こうと思ったら11巻の感想を綺麗サッパリ書いていないことに気がついてね〜。
という訳で改めて11巻の感想を書いているわけですが、いきなりの新キャラ視点で話が進む辺り、作者も思いきった事するなー、などと思った記憶があります。うんまあ・・・読んだの大分前の事だしね・・・微妙に記憶があやふやですが。
とにかく今回の語り手は新キャラのルーシーです。偶然にもマリアローズとの繋がりが出来たルーシーが、よちよち歩きでエルデンの街を歩き出す話ですね。・・・「薔薇のマリア」シリーズの外伝的位置づけのVer0であるところの「僕の蹉跌と再生の日々」に近い印象のある物語ですが、あちらの主役であるマリアローズよりルーシーはるかによちよち歩きです。
あの話でマリアローズは少なくともエルデンで生きることが出来ていましたが、ルーシーは本当に裸一貫でエルデンの街に放り出される所からのスタートです。正直マリアローズに出会わなければ、街に到着したその日の内に死体になっていたかも知れません。

と言う訳で

ルーシーの悪戦苦闘が始まる訳ですが・・・これが涙無くしては読めません。別に泣きませんでしたけどね。
とにかく弱々しい。本当に何にもない。金がない。住処がない。食べるものがない。強固な意志もなければ生活力もないし腕力もない。生きるためには働かないといけないという自覚すら欠けていて、もうどうにもなりません。その姿がこう・・・実にエグくしつこく描かれることになります。うわぁ・・・生々しいナリ・・・とか言いたくなるような感じです。
なんというかこう、初めて仕事を探す感じとか、仕事を始めてエラい目にあったりする感じとか、心挫けて落ちぶれそうになる感じとか、人にいいように騙されたりする感じとか、プアーでチープでブラックな感じが実にイヤです。まあそこは一応マリアローズのフォローもあったりして、ルーシーは取りあえず生きていけているわけですが、無力感に苛まれたり、一喜一憂したり、あるいは殴られたりとろくな事がありません。

しまいには

散々自分の無力について愚痴を言った後、”あの”マリアローズに対してこんな事を言ったりしてしまいます。

「ぼくは――ぼくとは、違いすぎるんですよ。所詮、持てる者には、持たざる者の気持ちなんて分からないですよね。そうだ。そうなんだ! マリアローズさんみたいな人には! ぼくみたいにダメなやつのことなんて、わかりっこないんだ……!」

・・・何やら感慨深いものがありますね。シリーズを読んできていれば(読んでないのに11巻だけ読む奴もいないか)この愚痴こそがマリアローズ的ポジションだという事には気がつくはずです。でもその役は今ルーシーがやっている。マリアローズもいつの間にか先輩になったという訳ですね・・・。
まあここは一つ、ルーシーの七転八倒する様を暖かく見守ってあげましょう。なんというか・・・マリアローズよりは難物ではないので、予想通りに転んで、予想通りに起き上がって、予想通りのところに落ち着くことになります。その様は正直みっともないのですが、残念ながら笑えませんね。うん、かつての(あるいは現在の?)自分を見ているようです。アイタタタタ・・・。

総合

星4つは固い。
最後の最後には意外な事実が浮き上がってきたりしてこの本が丸ごと次の話への伏線という扱いになるわけですが、あらすじでネタバレしているのはなんとかならんか。その事実に触れたときの衝撃が緩和されてしまったじゃないか。まあその「意外な事実」というのが「多分アレ」であるという事を匂わせるストーリー展開をしていくので、なんとなく予想できなくもないんですけどね・・・。
しかしまあ、そこを除けば不満らしい不満の無い1冊です。基本的にはルーシーというキャラクターを気に入ることが出来るかどうかで好き嫌いが決まってしまいそうな話ですが、まあ大抵の読者は大丈夫ではないでしょうか。多分誰にでもこういう時期、あると思うし・・・。ヤだけど誰だって最初は未経験で新人で無力なのよね・・・。
しかし本当にこういう若者的無力感をグネグネとねちっこく書かせたら十文字青氏の右に出る人はいないですね・・・本当にサイアク・・・褒め言葉ですけど・・・。