羽月莉音の帝国

羽月莉音の帝国 (ガガガ文庫)

羽月莉音の帝国 (ガガガ文庫)

ストーリー

従姉妹であり幼なじみでもある一つ年上の少女・羽月莉音(はづきりおん)の後を追うようにして高校に入学した三人の少年少女、羽月巳継(はづきみつぐ)、折原沙織(おりはらさおり)、春日恒太(かすがこうた)は、入学早々莉音の作っていた「革命部」という怪しげな部活に入部させられてしまう。莉音曰く、「国を創る」部活動だという・・・つまり最終的な目標は「建国」という事になるだろうか。
意味不明すぎる部活内容に首を傾げる巳継や沙織だったが、実際に「革命部」が活動を開始すると首を傾げている場合では無くなってしまった。部費が1000円しか出ない状態で、何故か借金が300万というとんでもない状況にあるという事を莉音に聞かされたからだ。この借金を返し、その上で「革命」をするための資金集めをしなければならないという・・・。
とにかく高校の部活動にあるまじき事態に困惑する巳継たちだったが、いずれにしても状況は動き出してしまった。莉音以外で唯一残っていた部員の泉堂柚(せんどうゆず)を加え、総勢5名となった「革命部」による、独立国家樹立のための活動がここにスタートしたのである・・・という感じの目標を掲げた、リアル志向の独立国家樹立ライトノベルです。

本屋で見かけて

気になってはいたんですが、ヤバげな匂いになんとなく敬遠していた作品だったんです。が、おすすめされたので読んでみました・・・ら、意外なほど真面目な話でした、というのが最初の感想ですね。
だいたい一介の高校生が「独立国家を建国する」とかっていう話になると「ナニを荒唐無稽な事を言っているんだか・・・いやいや? これはライトノベルだから何があるか分からんぞ?」というのが普通の反応のような気がしますが、その建国のアプローチ方法は極めてまともだったりします。
この話の中心人物である羽月莉音はその発想力、行動力、強引さという意味で涼宮ハルヒを思い起こさせる少女ですが、ハルヒと大きく異なる点として挙げられるのが莉音のもつ徹底したリアリズムの精神ですね。目標は常に具体的であり、何が必要で何がいらないものなのかを冷静に判断して取捨選択していく観察眼を持ち、結果を出すための最短距離を突き進む事が出来る類い希な能力を持っている少女です。
何しろ親父が探検家で、世界各国を廻って来た経験を持っているという設定の少女ですから、中途半端で幻想的な夢など持っていないという訳です。

「みんな誤解していることがある。建国ってのはね、誰でもできることなのよ。なんなら、今この一軒家を私たちの領土として、全世界に独立宣言を発すればいい。たったそれだけで、私たちの国ができちゃうの」

・・・ここだけ聞くと「何言ってんだこの女・・・」という事になりかねませんが、実際の所、コレは本当の事だから仕方がないですねえ・・・地球上のどの国家であれ生まれた瞬間が存在し、他国に承認された瞬間に独立国家として認められるのであれば、それはもう一つの国な訳ですから。

でもまあ

なんの力も持たない集団がそんなことをのたまっても誰も相手にしないし、力で来られたら非力な組織はあっという間に蹂躙されるというのが世の常というのは当然ですわね。ということで、莉音たちは「独立」を可能にするためのものを集めることにするわけです・・・つまり「資金」ですね。
結果としてこの1巻(?)は一冊丸ごと、莉音たちが実際に会社を作って資金を集めていく話になっています。リアリティ重視ではありますが、それはあくまで「ライトノベルとしては」というだけであって実際にはこの本に書かれているようには進まない・・・なんて言うことは言うまでもありません。が、まあ思想や方法としては正しいという感じで話が作られています。
どの程度までリアルなのかといいますと、作中に「貸借対照表」やら「損益計算書」やら「登記簿謄本」やら「TOB」やら「業務フロー」やら「アウトソーシング」やら「東証二部」やら「仕様書」やら「設計書」やら「事業売却」やら「経常利益」やら・・・と言ったライトノベル読みが普段見慣れない言葉が沢山出てくる程度にはリアルな本です。
・・・個人的には強制的に現実を思い出させられて「うっ……」という感じになりましたが、ライトノベルとしては十分に面白い仕掛けだと思います。もちろんライトノベル的補正はかかっていますが、実際に存在するものしか使わずに真剣に独立国家を作ろう! というシミュレーションをしている感じが面白いですね。

ライトノベル的補正

と言いましたが、どの辺りでそれが発揮されているかというと、まああっちこっちなんですが・・・特にキャラクターはもの凄いですね。
超絶発想力&統率力の莉音はもちろんなんですが、異常なまでの実務処理能力を持った(作中では書かれませんけど)主人公の巳継に、極めつけの美少女として多方面で活躍することになる沙織に、知的水準と集中力と問題解決能力に尖った才能を見せる柚、という感じですね・・・。あ、一人だけ恒太の名前が出てきていませんが、取りあえず彼はこの1巻では活躍シーンは少ないです。まあ何かしらの能力を持ってはいるんでしょうが、現状ではただの変な人で終了してますね・・・今後に期待という所でしょうか?
まあいずれにせよ超人ぞろいの「革命部」なのですが、そうした部分以外のキャラクターの個性といったものもちゃんと書かれます。特に(普通の)美少女担当の沙織についてはもう・・・可愛いやらいじらしいやらで困りますね! 同時に巳継の朴念仁ぶりがもの凄いことになっている訳ですが、この話が終わるまでにはなんとか報われて欲しいものです。
いや・・・独立国家建設に成功した暁には日本国の法律が通用しない状態になっているはずなので、巳継くんには莉音と沙織の二人くらいは娶って欲しいものです。その位の責任や甲斐性は巳継くんにもきっとあるよね〜? とか思うわけですが、過労死しない程度に今後とも頑張ってもらって、一日も早い国家樹立を目指してくれって感じですね。
部活で過労死って訳が分かりませんが、やってやれないことはないのが恐ろしいところでしょうか。

特記事項

被害者が出ているようなので追記しておきますが、この話は莉音の独裁っぷりと彼女をフォローする立場にある巳継の主体性の無さという意味ではライトノベルでもあまり見かけない位に酷いです(よく考えてみると名前も「巳継=貢ぐ」ですしね)。「ブラック企業というものがどうやって出来るのか」というのをライトノベル的に書いたらこうなった、と言われてもある意味違和感がありません。厳密にはブラック国家かも知れませんけれども。
登場人物は基本的に親分(会社で言えば経営者)である莉音に都合の良い駒として登場していますので、社畜人間を創るための一種の洗脳ライトノベルと言ってしまっても良いかも知れません。現時点では沙織とかはある意味で一番の被害者ですよね・・・気持ちにつけ込まれてプライバシーを切り売りされてしまっているわけですから・・・。
・・・という事を踏まえた上で作者の略歴などを見てみると「会社経営者」という文字が目に入ってきます・・・搾取する側・利用する側って言うのは人間をそうした視点(社員=都合の良い駒)で見たいという欲求があるのだ、という風にこの作品を読むことも出来ます。
ところで、莉音が作中で巳継に「何故革命をするのか」という事を語って聞かせる場面があります。そこで奇妙な現象を見ることができるので引用してみましょう。

「そうね。すぐ隣に、何人もの人間を奴隷のごとく使役し、自由を享受する大金持ちがいる。世界の自由は、大金持ちのためにある。当たり前っちゃ当たり前よね」
莉音はうんざりしたようなまなざしで口にする。
「私たちの周りにだっているでしょう? ホームレスや貧困にあえぐ人たちを放置して、我が物顔で闊歩する人たちが。どうしてなのかしら、不幸な人間たちの方がずっと数は多いのに」

読んでいれば気がつきますが、皮肉なことに莉音は自らが非難するように口にした「何人もの人間を奴隷のごとく使役し、自由を享受する人間」の理想的な体現者であるのです。いかな理想を掲げようとも、目的達成のためにはまず犠牲ありきという「現代社会のシステム」に組み込まれることでしか叛旗を翻すことが出来ない・・・というのは革命家にとって究極のジレンマではないでしょうか。自身が抱えている矛盾に莉音は目を閉じて見ないようにしているとも考えられます。自分にとって都合のいいようにね。
・・・どこかで人間性を欠落させないとこの世界でのし上がっていくことなんて出来ない、というのがある意味でこの作品の作者の意図しないメインテーマと言うことも出来そうです。誰かが笑えば、誰かが泣くのが世の常なのですから・・・。

総合

星4つですね。
色々と突拍子もないところのある話ではありますが、ベースにしている世界はこの現実世界そのもので、目的に到るためのアプローチ方も至極普通のものです。魔法も超能力も出てきませんが、学生の人とかは読んでみるとなかなかに新鮮なんではないでしょうか。
夢があるようで夢がないライトノベルと言えばいいかも知れませんね。何をするにもまずお金! って所が生々しくて萎えますが、最後まで読むとこれはやっぱり夢がある・・・と言ってもいいのかなあ・・・なんて複雑な心境になりましたね。俺が一生かかっても絶対に作り出せないお金を平気な顔で作り出しているなあ・・・いいなあ・・・という本音が読んでいる最中にだだ漏れになってしまいましたが、まあ誰だってお金は欲しいよね? という訳でうちのアフィリエイトリンクから本を買ってね♪
イラストは二ノ膳氏です。よくもまあ絵にしにくい作品にちゃんと絵を付けたなあ・・・というのが正直な感想ですね。だってやってることが普通に会社経営なんだもの。絵になる場面が実に少ない! というかどんな絵師だってこの本に絵を付けるのは苦労するに違いないです・・・とにかく、お疲れ様でした・・・。

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