とある飛空士への恋歌(4)

とある飛空士への恋歌 4 (ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 4 (ガガガ文庫)

ストーリー

人々を乗せて空の果てへ、目指していた「聖泉」に辿り着き、さらにその向こうへと進む空飛ぶ島イスラ。
彼らは謎の敵勢力である空族の襲撃を受けていた。しかし、何とかその襲撃を退ける事に成功したイスラの乗員達だったが、そこには本来あるべきではない戦死者の名前があった。その者たちの名は、飛空士になるための訓練を受けていた学生達――それはカルエルアリエル、そしてクレアたちにとっての仲間の名前だった。
イスラを襲撃した空族たちの攻撃には容赦もなく慈悲もなく、ただ空に憧れただけの未熟な学生達を次々と食い荒らしたのだった。そうして残されたのは、無残に空に命を散らせた仲間が残した「空白」。それが傷口となって生き残った者たちの心を苛み続けていた。
半ば空に放逐されたようなイスラの乗員たちではあったが、しかしそれでもイスラの上の日常は穏やかな日々が流れていたはずだった。仲間の死は、そうした優しい日々を軽々と引き裂いていったのだった・・・。
そしてさらに追い打ちをかけるように散発的に続けられる空族によるイスラへの攻撃。仲間の死を悼む間も満足に得られないまま、カルエルたちはさらなる戦場へと追い立てられることになる。戦いの僅かな間隙に小さな、しかし重大なドラマを挟みながら・・・。
という感じで続く空戦ロマンの4巻です。鉄血、鉄火の最新刊です。

敢えて書いておきますが

殺しあいにはロマンなんてありませんし、生き様死に様に綺麗も汚いも無いし、そしてもちろん正義も悪もありはしません。残るのは焼け爛れて意味を失った血と肉と鉄と骨。ただただ奪われていく命がひたすらに空しく残酷なのが戦争というものでしょう。そして、どう無残に演出したとしてもそれが「楽しむための物語」である以上、日本人にとってこの時期に読むには複雑な心境になる本ではあります・・・。
が、この本が面白いのは確かです。伏線として用意されていた要素を順番ではありますが惜しげもなく放出して、物語を盛り下げることがない作者の話作りの手腕は褒められるべきでしょう。
ありがちで凡百なライトノベルでは「意味ありげなくせに、実は大したことのない伏線」を作っておいて、さらにそれを出し惜しみするという事が珍しくありませんが、この本ではそれがありません。濃密に、そして無理なく事実が積み重ねられ、新たなワンシーンを作り出していると思えます。

さらには

巻が進むにつれて物語の展開に遊びが無くなって来ていて、この4巻ではその緊張感が一つの頂点に達したのではないかと思われます。
激化する一方の戦いの中で翻弄されるカルエルたちに、隠されていた事実が明らかになることでさらに追い打ちがかけられていく。追い詰められ余裕を無くしていくキャラクター達・・・。

「神さま」
なぜですか。
「神さま。神さま」
この苦しみに、なんの意味があるのですか。

過去と現在、そしてまだ見えぬ未来が複雑に絡み合って織りなす愛憎の物語。戦いの傷跡が作り出す新たな憎しみと苦しみ・・・。彼ら防人たちは問いかけずにはいられないでしょう。そして恐らくこの現実でも今まで何億もの人間が同じ問いを神に投げかけたはずです。その応えは・・・誰も得られていないでしょうが・・・。

ところで

上では少し感傷的に色々と書いてしまっていますが、話を戻しましょう。つまりこの4巻での物語の展開についてですが、今回かなりの動きを見せることになります。カルエルとクレア、イスラと空族、そして前回のラストに出てきた別勢力について取りあえず一段落するというか、一つの方向性が見えることになります。
残念ながら今回ちょっと割を食った感じになってしまっているのがアリエルなのですが、何もかも詰め込むわけにはいかないでしょうからまあ仕方がないという感じでしょうか。とは言ってもちゃんと「見せ場」というか、アリエルならではというシーンが用意されています。割を食っても魅力的な少女という感じでしょうか。
アリエルはまるで母のように、姉のように、あるいは恋人のようにカルエルを包み込みます。カルエルが本当に苦しいときにそのサインを見逃さないでいられる少女です。寄り添って優しく抱きしめて一緒に痛みを受け止めることも出来れば、必要であるならばその手を離して敢えて過酷な道に送り出す事も出来る少女です。クレアももちろん魅力的な少女なのは間違いないですが、今回は本編の方でクレアの魅力が全開なので、敢えてアリエルをちょっと取り上げてみました。
ポテンシャル的な意味で決してクレアに劣らない少女だと思いますが、皆さんはどのように思われたでしょうか・・・?

総合

鉄板の星4つ。揺るぎなく面白いですね。
瑞々しいキャラクターの魅力、描写の緻密さと容赦のなさ、それでいてライトノベルらしく残された物語上の救いや強引な展開、そして新たに起こる出来事への布石と、全体的に見て隙がありませんね。重苦しい内容なのですがライトノベルとして絶妙なところで舵を切っていて、陰鬱なままに終わらせないあたりのバランス感覚が見事だと思います。
今まで隠れていたものの、この話でいきなり中心人物の一人になってくる人物の使い方や動かし方も上手いと思いますし、それをうけてのカルエルの心の動きも繊細なタッチで逃げることなく正面から書き出しているのも魅力的ですね。とにかく完成度の高い物語だと思います。
イラストは森沢晴行氏です。作品を食ってしまうほどの絵でもなければ沈み込んでしまうような絵でもなく、まさに「挿絵」としての仕事を見事に果たしていると思えます。何気に印象に残らない絵師さんのような気がしますが個人的には高く評価しています。中でもカラーイラストは魅力的ですね。あとは白黒イラストの方なんですが、人物中心の絵を少し減らして、もう少し風景を切り取るような絵が欲しいなあと思ったりしました。カラーイラストの方はこれが完璧に出来ていると思うので、やってやれないことはないと思うんですけどね・・・。

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