黄昏世界の絶対逃走

黄昏世界の絶対逃走 (ガガガ文庫)

黄昏世界の絶対逃走 (ガガガ文庫)

ストーリー

世界は緩やかに滅びへと向かっていた。

「――黄昏予報の時間です。本日午後の黄昏濃度は八十パーセント、非常に濃くなる見通しです。発作的な自殺には注意しましょう。あなたは独りではありません。あなたの周りにはみんながいます。発作的な自殺には注意しましょう――」

過去の戦争によって大気中にばらまかれた<黄昏>は、徐々に人間の中へと忍び込んではその心を蝕み、生きる力そのものを奪い去ってしまう。<黄昏>を完全に取り除く方法は未だ無く、人々は<黄昏>の存在を受け入れるほかなかった。そしてカラスもそんな<黄昏>の満ちた世界で生きてきた一人だった。
カラスは仕事はなんでもやる男だった。盗み、殺し、誘拐――報酬が見合ってさえいればありとあらゆる仕事を引き受け、そうして生きてきた。少年時代には目的を持って世界を放浪していたときもあったが、いまの彼はその目的も見失った仕事屋だった。
そのカラスに時の権力者から一つの依頼が舞い込む。それは「黄昏の君」を奪取してくること。都市部ではこの「黄昏の君」と呼ばれる人間を使用した装置を利用して大気中の<黄昏>を追いやっていたのだった。依頼人はその「黄昏の君」を、それももう使えなくなった処分品を欲していたのだった。
そうしてカラスは過去の記憶を全て失い「黄昏の君」と成り果てた少女・メアリと出会う。どこか浮世離れした雰囲気を持った少女を連れて<黄昏世界>を旅するカラス。そしてメアリはカラスに抵抗するでもなく、かといって何もかもを受け入れる訳でもなく、ただありのままカラスについて行くのだった・・・。
という感じの話・・・ロードムービー的な作品・・・であってるのかなあ? という積み本のうちの一冊です。

読んでいて

波長の違いを感じまくった作品でしたね・・・一言で言えば「ハマりきれない」でしょうか。とはいってもこの作品の出来が悪いとは思えないのがまた不思議なところでして。
この話の舞台となる<黄昏世界>そのものはなかなか雰囲気が良くて描写も魅力的ですし、主人公とヒロイン、そして彼らが旅の途中で出会う人々も良く書けていると思ったんです。でも作品の持つ空気に私は染まりきれなかったんですよね・・・。この世界の弱い人間達はまさに黄昏ているうちに世界に飲み込まれてしまうように死んでいくのですが、その物寂しさがもう一つ胸に迫ってこないというか・・・個人的にはもうちょっと情景描写の格好つけても良かったんじゃないかな・・・なんて思います。
なんというか・・・「滅び」ってどこかに美意識の立ち入る余地があると思うんですよね。ゴーストタウンとか廃墟に感じる美しさというか、そんなものがあるかなと。<黄昏>はこの世界においては死告天使の別名な訳ですが、同時に鮮やかで美しい夕日の色をしている訳で、それに魅入らせるための描写がもっとあってもいいのかな、なんて思ったのです。作中の登場人物たちは<黄昏世界>に生きているので多かれ少なかれ<黄昏>を意識せざるを得ない訳ですが、私という読者まではその魅力が届かなかったという感じでしょうか・・・。

話の方は

旅をするカラスとメアリが色々な人と出会って(もちろん好意的ではない出会いもあります)、何かを手にして何かを失う・・・という展開です。二人の前に現れるのは<黄昏世界>に抗って生きる人、今にも飲み込まれそうな人、あるいは世界そのものを変えてやろうという野心を持った人間などさまざまです。どのキャラクターも結構良い味を出していますね。
でもやはり、特筆すべきは主人公の二人でしょう。カラスとメアリの関係は一言では言えないような複雑なつながりを持っています。カラスからすればメアリは最初こそ「確保し依頼人にその身柄を送り届けることを約束した人物」なのですが、二人での旅の時間が長くなるにつれて単なる仕事の上での関係という訳では無くなっていきます。

「君のやったことは、羽を全部むしりとられて飛べなくなった鳥に一枚だけ羽を戻して飛べっていっているようなものだ。もうどうしたって飛べないのに」
「ごめんなさい」
「僕に謝ったってしかたない。それに、謝ったってどうしようもない」
感情を抑制するように深く息を吐いたカラスの次の言葉からはすべての熱が失われていた。かわりに、反論を許さない冷たさがあった。
「死ぬべきときに死ねなかった者は、ひたすら惨めだ」

普通に考えれば恋愛関係に発展するとかでしょうが、そう単純な展開でもありません。

また

メアリからみたカラスですが、メアリは最初カラスを「自分が廃棄される運命から救い出してくれた人」という感じで見ていて・・・なにやら動物のインプリンティングに似たような行動を見せます。しかしやはり時が経つにつれてその想いは複雑なものになっていきます。やはりこちらも「恋する相手としてのカラス」を想像すると思いますし、確かにそういう側面があるのは間違いないのですが、やはりそう単純ではありませんね。

「じゃあ、君は十七歳で、新婚旅行中の新妻だ。誰に訊かれてもそう答えるんだよ。細かいところは僕がフォローするから安心して」
「はい。ご期待にそえるようがんばります」
「あと……その話かた、どうにかならない?」
「いけませんか?」

旅を続けるにつれて徐々に変わっていく二人の心の動きが丁寧に書かれていき、物語はクライマックスに向けて進んでいくことになります。階段を一歩一歩踏みしめて上がっていくような充実感がある本ですね。

総合

星・・・4つ・・・いや3つか・・・?
なんというか、ライトノベルの枠を出るほどではありませんけども、この話は凄く大人っぽい作品のような気がします。軽いノリの本に飽きたら手に取ってみても損はないかも知れません。物語全体としてもうちょっと緩急がついたら星4つは固かったと思います。少なくともカラスとマリアの物語を読んでいるだけでそれなりに楽しめてしまうのは間違いないと思いますね。二人とも結構魅力的ですしね。あとは・・・そうですね、タイトルがもうちょっと魅力的だったらな、とか思いました。なんか「絶対逃走」って中二病っぽいというか・・・ムードもへったくれも無いというか・・・微妙じゃありません?
まあ作中で「これはどうなんだろ?」と思った部分も無くはないのですが(カラスが目を離した隙にピンチという展開が連続で2回あったり)全体的に高め安定で話が出来ていると思います。ムードもあるし、これでもうちょっとハードボイルド的なシビアさとかがあったら凄く良いかもしれません。そういう話にするにはカラスが若すぎるとは思いますけどね・・・。
イラストはゆーげん氏です。カラーイラストの色遣いが好きですね。なんというか、透明感があって。それと作中の白黒イラストは章の頭に見開きで一枚ずつというシンプルな構成なんですが、どれも味があっていいですね。他のラノベでももっと活躍してほしいかも・・・とか思いました。