さくら荘のペットな彼女(3)

ストーリー

水明芸術大学付属高等学校に通う神田空太は、さくら荘という下宿風の学生寮に住んでいる。キッチン、ダイニング、風呂が共同という古式ゆかしい物件だ。ただしこのさくら荘、学校では悪名高い方で有名だった。とにかく問題児とされる人間だけが集められているからだ。
空太の場合は拾った猫が捨てられないために以前住んでいた寮を追い出されたのだったが、他の連中はひと味違う。芸大付属というだけあって特殊な才能を持った生徒が少数精鋭という感じで入学してくるのだが、それらの一部が揃いもそろって人格破綻者だったのだ。才能は溢れているけど普段の行動に問題(警察にやっかいにならない方向で)がありすぎる生徒が集められているところ――それがさくら荘だった。
奇人変人の集まったさくら荘を出て行くというのが空太の目下の目標だったが、奇妙な隣人たちとの暮らしの中でその目標も少しずつ変わっていく。特に新しくさくら荘に入居してきた椎名ましろとの出会いは空太の毎日に確実に変化を加えていた。
ましろは画家としては国際的に認められている天才であったが、ましろは絵画の道を放り出してまでして漫画家になりたいのだという。それだけでも充分にとんでもない事であるのに、日常生活を送ることにかけてましろは何一つとしてまともに出来ない無能力者であった。
そんな状況の中、空太はなし崩し的にましろの世話を押しつけられることになってしまう・・・。パンツを選ぶことから髪の毛のドライヤーかけまで、十代の少女とは思えない距離感で無自覚に近づいてくるましろにタジタジになりつつも、なんとか学校生活を送る空太だったが、ましろの一心不乱に漫画家を目指す姿に色々と感じるものもあって・・・という感じの青春学園ストーリーの2巻です。
この3巻は読み終えたばかりです。

前作の

2巻のラストからほとんど作中時間が経過しないままの3巻となってますね。
つまり空太が社会人相手のプレゼンに大敗を喫して凹んでいる状態をがっちりと引きずった状態からのスタートということです・・・が、空太が「ちゃんと落ち込む暇も無い」という辺りが流石のさくら荘というところでしょうか。率先して余計な事をやらかす人間が多数いるので、静かに物思いに耽りたくとも出来ないという環境というのは良いような悪いようなという感じです。・・・まあ無駄に落ち込んでいても何一つ良いことがあるわけではないので結果としてはオーライという感じでしょうか。
それでバタバタしている間に気がついたら二学期がスタートする、謎の訪問者がさくら荘を訪れる、という感じで流されているうちに空太の挫折はとりあえず棚上げされた格好になっています。あのシリアスと冷や汗の続きが楽しみたかった人からすれば残念な展開かも知れませんが、どうせまたそういうチャンスも来るでしょうから(打ち切られなければ?)、読者としては楽しみに待つのがよろしいかという所です。

で、本作の

中心となるのが、遙かイギリスからましろを連れ戻しに来たリタ・エインズワースという存在です。
最初の方こそ大人しくしていますが、中盤になって一皮むけて、終盤でまた変身するというなかなかに奥深いキャラクターとなっていまして、彼女が加わることで話が読み応えのあるものになっています。しかもIT穴居人の赤坂龍之介と異様なまでに相性が悪いため、それがまたスパイスとなって物語を盛り上げてくれます。というかこの龍之介というキャラってまともに登場するのって始めてじゃなかったですっけ?
とにかく話が進むにつれて、リタがなんでましろを英国に連れて行こうとしているのか、リタにとってましろとは一体どんな人物なのか、リタの本心がどの辺りにあるのかという部分が書かれることになります。そしてその描写が進むにつれて、今までも多かれ少なかれ言及されてきた「ましろの絵の分野における破壊的とも言える天才性」が残酷な形で表現されていくことになります。
・・・芸術やその他なんでもですが、クリエイティブな仕事に就こうと努力している人が、ましろのような圧倒的存在に出会った時の心境ってどんなものなんですかね。私はクリエイティブだった試しが無いのでイマイチピンと来ないんですが、まあ似たような経験は人生の他の場面でしてきているので分からなくもないです。正面から乗り越えにかかるか、迂回するか、後退するか・・・一つだけ確かなことは、正面から立ち向かう人間しか相手にしてもらえないという事でしょうか。

また

作中では文化祭に向けてさくら荘の面々だけで作品を作って発表することを画策したりしています。
変な才能だけは有り余っている人間が集まっているさくら荘なので、行動する方向さえ決まれば話が早くてしかも全力全開で完成させようとします。それは主人公の空太も例外ではありません。この愚直かつ真面目に出展物を作ろうとする姿は正直・・・なんだか新鮮でした。
その理由は上手いこと言えませんが・・・ライトノベルってこう・・・文化祭の発表とかの事になるとちょっと中途半端になりがちな気がするんですよ。出し物そのものよりその過程で起こるあれやこれが大事になっていたり、斜に構えていて全力にならなかったり、本気は本気でもやっぱり楽しさ優先だったりとか。
・・・まあ学生が学校の文化祭で発表するものですから楽しみとか遊びとかの要素を多分に含んでいたって全くおかしくないんですけどね。というかこの話だって出展物を製作する過程で起こるいろいろを話にしている訳ですから同じっちゃあ同じなんですけど・・・うーん、なんですか、えーっと、多分ですが・・・登場人物の全員がプロっぽく(あるいはもうプロとして)ものを作っていこうとしているところが違うんでしょう。
文化祭に出展すること自体はさくら荘の面々にとって遊びであることは間違いないんですけど、だからこそ何よりも真剣な気がするんです。そうした文化的な作品作りを得意にしている連中にとって、これは楽しみであるのと同時に決して手の抜けない戦いの場面でもある訳です。スポーツでボールに必死に食らいつこうとしている熱血キャラみたいに。
うん、スポ根ならぬ芸術根とか、そんな気配がするところがなんかパワフルで良いとか思ったところでした。

総合

いや、面白かったですよ。星4つ。確実に2巻より好きですね。
お気楽なようでいて何気に夢と希望とかの方面でどろどろしていたり、栄光とか挫折が表裏一体で生々しく書かれていたりするので時々心が痛かったりするんですが、それこそが面白い本なのは間違いないです。これはちょっと悪趣味な表現になってしまいますけど、後半付近のリタの告白がましろの無理解によって滅多打ちにされるところとか、もう堪らなく美味なシーンじゃないでしょうか。
とにかくまあ、色々とあってまた一歩未来に進むことになった空太ですが、ましろの方も少しずつ変わってきているのかも知れません。今後どういう風に変わっていくのかまだ予想もつきませんが、他者の努力を理解出来ない程の天才故に敗北を知らないましろが、人と同じものを欲しがるようになることで一つ成長し、そして結果として一敗地にまみれるような展開をこの先に用意する・・・というのもこの話ならありのような気がします。何気に正当派とも言える成長物語として機能しつつある作品ならではのほろ苦いラストシーンとかも悪くなさそうですね。
イラストは溝口ケージ氏です。なんだかこれはこれで悪くないような気がするようになってきました。お気に入りという所までは行きませんが、本全体で見たら淡泊なイラストが良い毒消しになっているような気がします。サバ味噌にショウガと梅干しを入れるような感じとでも言いますか・・・えー、この表現で言いたいことが伝わるといいんですけど。