魔法科高校の劣等生(1)入学編<上>

魔法科高校の劣等生〈1〉入学編(上) (電撃文庫)

魔法科高校の劣等生〈1〉入学編(上) (電撃文庫)

ストーリー

魔法という存在が科学的に解析され、才能のあるものであれば教育によってその能力を伸ばすことが出来るようになった未来世界。
そこには「魔法師」としての将来を嘱望されるエリートたちが集う教育機関があった。国立魔法大学付属第一高校。通称「魔法科高校」。司波達也(しばたつや)と司波深雪(しばみゆき)はこの春からその「魔法科高校」に通うことになった兄妹である。しかし、兄は補欠の「二科生」、妹は成績優秀者として「一科生」としての入学だった。
ただ、兄に心酔する妹の深雪はその事実が気に入らない。本当に優秀なのはお兄様の方なのに――。そんな憤懣やるかたない気持ちを隠そうともしない妹に対して、兄の達也は苦笑しながら深雪の頭を撫でてやるのだった。そうしてやれば怒っている妹はまあ、満足げな顔をして一時的には大人しくしてくれるのだ。
しかし、単なる兄妹の初登校に過ぎなかったはずの一日はそう大人しく過ぎ去ってはくれなかった。目立ちすぎるほどに美しい外見をした深雪と、その兄でありながら劣等生と嘲笑される立場の達也の周囲は、気がつけば不思議ときな臭い事になっている。劣等生と言われた兄も見る人間が見れば、充分に興味深い存在のようなのだった。それが差別意識とエリート思想に染まった学生たちをさらに刺激することになって――。
という感じのSF作品です。正直読み終わるまで全く知らなかったんですが、Webで大人気の小説なんですって? いずれにしても先入観なしで読めたのは良かったです。

フムン

近未来というか未来を舞台にしたSF魔法物語(?)とでも言えばいいんですかね。
真っ正面から逃げずにSFと魔法をくっつけようとした設定に確かな読み応えがあります。最近ライトノベルでよく見かける量子力学をベースにした粒子の振る舞いの曖昧さを拡大解釈した魔法設定ではないところが実にいいです。現実に存在するフェルミ粒子(代表的には電子とかですかね)やボーズ粒子(有名どころでは……光子=フォトンとか)と言った素粒子の分類に、全く別の粒子のグループをつけ加える形で魔法を「現実に存在する素粒子の作用に裏付けられる物理現象」として規定しています。
「霊子(プシオン)」と「想子(サイオン)」という仮想粒子がそれにあたります。ま、現実でも「ある」と言われているけど観測がされていない粒子って普通にありますので(重力子=グラビトンとかそうですが)、つけ込んだ所というか目の付け所というか、そういう部分の良さを感じました。
・・・まあ私は全然そのテの専門家でもなんでもないどころかマニアですらないので、詳しく書こうとすると大変な事になるので(すでに大変ですが)この辺にしておきます。が、この作品が「魔法」と「科学」を近づける努力をしている事だけは伝わって欲しいと思います。

これ以外にも

CAD(Casting Assistant Device)術式補助演算機という名前のデバイスを登場させて、人間が魔法を効率よく使えるように科学を進歩させている事が作中で説明されます。この辺りはかなり未来の匂いがしますよね。練り込まれたCADに関する設定は、そういうのが好きな人にはなんというか・・・ある種の酩酊感みたいなものを与えてくれそうです。
ただし、物語を盛り上げるのはそうしたアイテムではありません。高度に機械化された未来世界であっても誰もが魔法を使える訳ではなく、魔法の才能のあるなしで人間が区分けされるという「階級社会」が物語を動かす原動力です。つまるところ、比較されるモノが変わっただけで精神的な意味では現代の普通の高校とかと変わらない世界が舞台になっているという事ですね。
主人公たちが通う学校でもその差別ははっきりと存在していて、エリートの「ブルーム」と落ちこぼれの「ウィード」の違いが存在しています。司波達也はウィードとして、深雪はブルームとして魔法学校に通学することで、その差を作品を盛り上げるのに上手く使っています。
これを「未来世界でも変わることのない人間の業を物語に練り込んで楽しみに変えた作品」という風に受け取るべきか、あるいは「純なSFと言うには情報化が中途半端で未来と現代がパッチワークにされた印象が拭えない中途半端な作品」と受け取るかは、個々人の読み手次第という所でしょうか。私の場合は前者ですね。ライトノベル読みとしては無理なく楽しめる設定だと思います。

楽しいです

が、全体的にはちょっとキャラクターの魅力に欠けるところがあるのが気になるな・・・という感じです。
主人公が醒めているせいなのか、作品に出てくる登場人物全般が全体的に醒めている印象があるというか、どこか達観した印象が付きまといます。老成しているというか、自分に与えられた役割を壊そうとしているキャラクターがいないというか・・・クールな印象を受けるキャラクターばかりなのが気になりますね。
いやもちろん、怒りをあらわにしたり喜んだりするキャラクターは出てきますが、こう・・・なんというか若者にありがちな「怒ったり喜んだり憎んだりすることへの疑問」や「定まりきらない自分自身に対する不安」のような、簡単に揺れ動いてしまう心の描写が少ないのがちょっと寂しいですね。差別するのが当たり前、愛することが当たり前、評価するのが当たり前・・・というような境地に誰もが至るには、高校生というのはちょっと早過ぎやしませんか? という感じがするってところですかね。

物語の方は

順調というか・・・安定した楽しさで進んでいきます。
まあ主人公の達也を気に入るかどうかという所はありますが、それしだいですかね。個人的には「ソードアート・オンライン」の主人公を思い出したりしましたが、今後どんな展開をしていくんですかね? あとがきに解説を寄せている川原氏の名前を見た時にそんな事を感じたんですけど、皆さんはどんな風に思いましたか?
あと欠点と言えば、元々Webに連載された小説が元になっているということから、文庫レベルで盛り上がる部分やクライマックスが用意されている訳ではないという所です。この1巻もラストも特に大きく盛り上がる事無く終わってしまいますので、元のWeb版を知らない人間(例えば私)からすると結構拍子抜けな一冊となっています。
まあそれでもつまらないという印象に落ちないところをみると、作品としての出来は充分に評価できるという所でしょうか。

総合

星3つでしょうかね。厳しめの星になっています。
が、理由としては大したことではなく「この本を一冊読み終わっても普通のライトノベルと違って締まらないから」という理由で星一つ減ということにしています。元々がWebページで書かれてなんの制限もない状況で書かれた物語ですから、大幅改稿でもしない限り一冊の間に起承転結が収まりきる訳がないのは当たり前ですかね。そうするとどうしても中途半端な事になりますがこれは仕方がない事なんですけどね。でも一冊としてみたらやっぱり星を減らさざるを得ないというか・・・まあちょっと苦しい判断です。
もっと厳密に考えれば、下巻を読んでから星を付けろと言う事になるんでしょうが、まあこれはこれという事で仕方がないですね。下巻を読んだらまた感想を書くつもりですが、その出来によっては買って損をしない一冊に評価を変えるかも知れません。
イラストは石田可奈氏です。カラーイラスト、白黒イラストともにかなり良いと思いました。特に良いと感じたのは白黒のほうですね。アップで描いたり、引いて描いたり、漫画調のコマ割りが使われていたりと、バリエーションの多い表現が読者を飽きさせないのではないでしょうか。唯一気になることと言えば、作中で自己評価の低い達也がかなりのイケメン&出来過ぎな事くらいでしょうか。お前それで劣等生とか思ってるってお天道様が許さんよ? とか思いました。