特異領域の特異点 真理へと迫る七秒間

特異領域の特異点―真理へ迫る七秒間 (電撃文庫)

特異領域の特異点―真理へ迫る七秒間 (電撃文庫)

ストーリー

その日、地球上から一瞬にして50億の人間が失われた。
何が起きたのかを理解したものはごく僅かしか存在しなかった。そしてその日を境に世界の常識は悉く覆された。その日この地上に実現されたのは「特異領域理論」によって展開された「連続した特異領域(ドメイン)」が全ての物理方式を過去のものとしたからだった。
ドメインは確かに存在するが、一切のエネルギーを持たず、質量がなく、大きさを持たない。「特異領域」はあらゆる計測器で捉えることが出来ないまさに特異点であったが、人間の脳そのものがその特異点に対して一種の受信機のような働きをするため、機械的な補助を受ければ「特異領域」を自在に操ることが可能になったのだった。
特異領域外の物理法則に一切支配されない「特異領域」は、ありとあらゆる奇跡を可能にした。地上からモノの過不足から発生していた争いを過去のものとし、世界秩序は特異領域理論完成前と全く違う姿となった、そんな世界。それでもやはり新しい物語は紡がれる。
今や一つの巨大な大学となった旧日本列島に一人の学生がいた。自称天才で確かに天才肌だが、教授を殴って無期限停学中の若者・一ノ瀬賢悟は、特異領域について独自の視点で学び続ける若者だ。そのはた迷惑な性質から理解者は少なかったが、僅かながらも親しい友人(神崎清十郎西条彩世)を得て嬉々として学問を進めていた。
そんな彼らの所に一つの情報が飛び込んでくることになる。世界を変えた5人の科学者のうちの一人・天川理璃からの暗号化された放送が届いたのだ。そこには特定の人間にしか伝わらない方法で「SOS 硫黄島 天川理璃」のメッセージが隠されていた・・・。
オリジナリティ溢れる世界観を築き上げ、その中でさらに世界の謎に迫ろうとする若者達の情熱と苦闘と戦いを描いた意欲的なSF作品です。

面白い・・・?

というにはちょっとユニークすぎるかも知れません。
一通り読み終えてみればこの物語の根幹となっている「特異領域」がなぜ特異領域たりえるのかという疑問になんとなく理解の光が当たることになるのですが、そこに至るまでは「特異領域」はそれ以外に表現のしようのない「特異点の集合体」として存在するため、読者の理解を超えた設定であるためです。
何が起きてもおかしくない科学というのは最早説明不足の魔法以外の何物でもないので、それをとりあえず受け入れて読み進められるかどうかというのが最初の山かも知れません。もちろん「特異領域」は科学の体裁を整えているので論理的な説明が作中でされることになります(マテリアルロウやマテリアルという特殊な存在についての説明もあります)。
しかしそれを「納得できるかどうか」というのは読者次第ですので、結局の所「この作品を楽しめるかどうか」は作者が繰り出す文章を引き金にして読者がどれだけ脳みそに想像力の火花を飛ばせるかどうか、でしょうか。
まあSF好き人間の視点から捉えれば「それこそがSFの楽しさでしょ?」ということにりますし、「読者の脳みそに火花をどれだけ飛ばせるかがSF作家に求められる資質でしょ?」となるんですが、まあライトノベルとしては珍しいのは間違いありません。

それはそれとして

ライトノベルしている部分も確かに多数あります。というかライトノベル以外の何物でもないと思われる描写も実に多いです。
気がついたら撃ち合い殺し合いのような血生臭い争いに巻き込まれていたり、怪しげとしか言いようのない宗教団体に囲まれて斬り合いをしていたりして、先の展開が読めないという意味ではもう他の追随を許さない感じです。それらと平行して主人公が結婚を迫られていたりするイベントもあったりするんですから、なんとも賑やかな作品と言う事が出来るようです。
そして、科学の光が当たる作品の例に漏れず、科学の暗部が抉り出される展開へと怒濤の勢いで流れていきます。血も涙もないような、いやまさしく科学を突き詰めるために「箍の外れた」狂気を発揮する科学者達の物語に、主人公達は飲み込まれていくことになります。
しかしいずれにしても彼らは科学者であり、最初の問いかけに戻ってくることになるのです。つまり「特異領域とは何が生み出しているのか」という謎です。喜怒哀楽を含む紆余曲折はあるものの、この作品は意欲的な学生科学者が世界の謎に迫ろうとする探求の物語なのですね。そしてその謎は最後の最後に僅かながら、主人公と彼らを追いかける読者の前に姿を現してくれるのです。

総合

うーん、星4つ・・・にしておこうかな。
そもそもSF好きだったり、オリジナリティ溢れるSFマインドによって作り出された妙な理屈に振り回されてみたい! という人はライトノベルですけど買って損は無いと思われます。私の場合はあとがきのこの一文に惹かれて内容の確認もそこそこにレジへと持っていきました。

難しすぎてわからないという意見にも、簡単すぎてつまらないという意見にも、その他諸々に対しても決して言い訳はしません。原稿の向こう側にいる読者の方々の心をこじ開けられるように精一杯の努力をしました。決して手抜きのない全力の作品です。

本の世界の「そとがわにいる」我々読者に対して、物語の作り手は自らを作家という「特異点」に変えてまで手を伸ばしてきたという訳です。このブログを昔から読んでくれている人にはこういった方がわかりやすいかも知れません。この本はかつて私が望んだ「ライトノベル作家の渾身の一撃」であると
さて読者であり観察者でもある我々はどういった反応をするべきなんでしょうかね――? まあそれはこの本を読んだ読者それぞれが考えてくれればいいと思いますが、こうした意欲的な作品は個人的に大好きなので、悪い点は付きません。小難しい本だとも思いますが、ちょっと気になったら読んでみて欲しいですね。
イラストはsaitom氏です。カラーはともかく、白黒イラストの枚数が数枚と実に少ないのでなんとも言えませんが、作風には比較的合っているのではないでしょうか。まあ絵にし辛い描写ばかりなので映像化には困ったでしょうが・・・まあ、もし続編があったなら、作者の人ともっと打ち合わせして、特異領域をバリバリ使っているところを絵にして欲しいかもとか思いました。

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