円環少女(10)運命の螺旋

ストーリー

《公館》が炎に包まれ、《鬼火》と呼ばれた《鏖殺戦鬼》東郷永光が舞台を降りた後も、武原仁の血塗られた道行きは続いていく。
彼は《公館》を去り、《鏖殺戦鬼》の《沈黙》と呼ばれた男から、ただ幸せのために自らを悪に堕とした一人の男となった。しかし、その姿こそを慕うものが彼の元には集う。《鬼火衆》と呼ばれる東郷永光に従っていた刻印魔道師は彼の亡き後、仁の元で新たな生活を始めていた。そしてもちろんそこにはあのメイゼルの姿があった・・・。
そして警察組織との結びつきを強くした新しい《公館》は、複雑な様相を呈しつつある魔道世界の一端である《協会》と、その裏側で動いていた恐るべき核テロの現実の前に次の一手を打ち始めていた。即ち、東京を守るために第三勢力を呼び込むことにしたのである。それは欧州をその生き場所に定めていた魔道師集団である《連合》と呼ばれる組織。
不気味に蠢き続ける時代は生き残った者達に新たな役割をあてがっていく。それはメイゼルの過去を掘り返すことに繋がっていた。秘せられたメイゼルの過去が彼女自身の手によって暴かれる時、この物語はまた新しい局面を見せ始める・・・。
去る者がいれば、来る者がある。新しい登場人物を迎えてさらに白熱する物語。悪鬼と魔道師たちの行方には一体何が待ち受けるのか? 怒濤の展開を見せる第10巻です。

嵐が去った

と言える出だしなのですが、驚きがきちんと準備されています。
本書のあらすじにもあるように、死んだと思われていた仁の妹の武原舞花の帰還ですね。そして残念ながらそれを両手放しで喜べるほどには仁も、あるいは読者も甘い幻想を持ってはいないでしょう。何しろ彼女を連れ帰ったのは、あの王子護ハウゼン。笑いながら必要があれば全てを破壊しかねない悪魔のような男ですから。
そしてその予想を完全に超えた妹の帰還と反するように、あの倉本きずなは仁の元には帰ってこない。父殺しの意味と仁の抱えた悪の意味を知りながら、いや知っていても、知っているからこそきずなは帰れない。一見優しい日々に見える仁とメイゼルと鬼火衆の日常は、薄氷一枚で地獄と繋がっているのです。メイゼルがキッチンで作り出す魔法でも包めないそれが、仁ともきずなの間に横たわります。

「わたし、やっぱり、もうちょっと離れて考えないとダメですね。だって、わたし、さっきから話しても、戦いが全部終わった後、武原さんがどんなふうに生きていくのか、全然想像できないんです」

仁ときずなの間に横たわる血の大河。それはどうしようもない程の断絶となって彼らを苛みます。しかし、仁はそれでも未来を見せてやらなければいけない立場になっています。メイゼルに、鬼火衆に、そしてきずなに。目を開けばそこに広がっているのはいつも厳しすぎる現実です。舞花の帰還を喜ぶ暇すら、仁にはありません。

そして会議は踊る

仁の現実など吹き飛ばすように事態は進行していきます。《公館》と《連合》の間に開かれた会議のその流れのなかで明かされるメイゼルの過去は、まさしく壮絶の一言です。
彼女が何故円環世界から放逐されねばならなかったのか、そして現在《公館》の敵になっている《九位》のいる円環世界に何が起こったのか・・・その全てが明かされることになります。そしてどのような理由があろうとも、メイゼルが魔道師として――いや、刻印魔道師という罪人として生き残って戦い続けなければならない理由が明らかになります。
・・・正直に言って、この展開を読んで呆然としたと言うのが本音です。このメイゼルの過去を知った読者は彼女を愛するか――あるいは憎悪するしか無いのではないでしょうか。彼女は「世界の中心で愛を叫んだけもの」を背負った者なのです。
しかし、そうした過去を持ちながら、彼女はあの熱っぽく嗜虐的な瞳を仁に向けてこう言うことができるのです。

「戦いが全部終わったら、何になってると思うかって、前にせんせは聞いてきたわよね」
いたずらっぽい笑顔が、輝くようにまばゆかった。
「あたし、せんせの家族になってると思うわ。……離れてるかも、どっちかがいなくなってるかもしれない。けど、それでも、そのとき、こころはつながってるって思うの」

「ここは地獄にあらず」。そう叫び続ける仁と、メイゼルの道を見守らねば気が済みません。この物語はそういう気持ちにさせてくれる物語であることだけは間違いないのです。

総合

絶大なる支持の意志をもっての星5つですね。
まさに登場人物達が血まみれになって生き延び続けている「命を叫ぶ者達」の灼熱する戦いが全てのページで猛り狂っています。穏やかな日常であろうと沸き立つ戦場であろうと、彼らの進み行く道は常に死山血河なのです。「ここは地獄にあらず」――そう叫ぶ者こそ、皮肉なことに自らを地獄に身を置かねばならないというどうしようもない矛盾を孕んだまま、物語は続いていきます。幸せのために。今日の、そして明日の幸せのために彼らはその力をもってして道を切り開かねばならない場所に立ってしまっているのですから・・・。
それにしても終わりの見えない物語ですね・・・物語のラストでは「再び浮上する者」と「ついに転落する者」が対比されるように現れます。仁と同じ場所に立ったとき、彼女の目に見える風景がどのように変わっていくのか・・・自分の醜悪な好奇心に嫌気が差しますが、それでも次の物語を期待せずにはいられませんね・・・。

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