幕末魔法士 ーMage Revolutionー

幕末魔法士―Mage Revolution (電撃文庫)

幕末魔法士―Mage Revolution (電撃文庫)

ストーリー

時は幕末。激動の時代が訪れていた。世界的に起こった魔法による変革は、鎖国によって閉じこもっていた日本を否応なく変えようとしていた。
そんな中、一人の魔法士が銀の採掘によって新興著しい松江藩へと呼び出される。その魔法士の名前は久世伊織、若き魔法学の新鋭である。彼は一つの依頼を受けて遠路遙々とこの地を訪れたのだった。それは、魔導書の解読である。高度に暗号化された魔導書には貴重な魔法学に関する情報が眠っていたのだが、その解読には並々ならぬ知識と閃きが要求されるのだが、伊織はそのいずれをも満たすだけの能力を兼ね備えていたのだ。
そうして訪れた松江藩だったが、到着するなり赤い眼をした阿呆な男・失本冬馬の起こす問題に巻き込まれたりすることになったりもしたが、魔導書の解読自体は順調に進みそうな状況であった。
しかし、問題の魔導書に記された内容が伊織の運命を大きく動かしていくことになる。それはミスリル銀の練成法。その謎と闇に関わることによって伊織はミスリル銀と切り離すことの出来ない魔導の闇へと足を踏み入れることになるのだが・・・。
という感じでいいのかしらん? 電撃小説大賞・大賞受賞作ですね。

ライトノベルで時代劇は鬼門

と言ったのが誰だったかど忘れしてしまったんですが、この作品はそのタブーをど真ん中から破ろうとしている感じですかね。
ですが作品を発表する時期としては最高だったかも知れません。テレビの大河ドラマやなんかでちょうど今幕末がブームですから、ライトノベルにもその追い風を受ける作品があっても不思議じゃありませんしね。もちろんタイトルにもある通り、普通の時代小説ではなくて魔法というライトノベル読者にはなじみ深いネタが放り込んであります。
時代小説と魔法というとなんだか食い合わせが悪そうですが、取り上げた幕末という時代と古風な地の文体が組み上げた土台によってこれらの全く別の要素を大きな違和感なく物語の中に取り込んでいるように思います。なんというか、作者の物書きとしての日々の研鑽が実を結んだという感じがひしひしとしました。

登場人物は

アクの強いライトノベル作品と比べた場合にはそれほど個性的という訳ではありませんが、没個性と言う訳でもありません。物語を壊さない程度にはしっかりとした印象をそれぞれのキャラクターが持っていますし、見せ方や使い方も非凡なものを感じますね。
もっと濃いめの登場人物を出してキャラクター小説とかに走った方が物語は書きやすいんじゃないかと思うのですが、そういう逃げを打っていない感じとでもいうか・・・物語と真正面に向き合っているというか・・・とにかく正攻法で険しい道を登ろうというような真っ直ぐさが好印象でしたね。主人公の久世伊織も、彼に絡んでくる失本冬馬もなかなかに魅力的です。
・・・でもあれだ、この名前の「冬馬」ってねえ・・・少なくとも3人目ですがな・・・。「9S」の坂上闘真、「とある魔術の」の上条当麻、この作品の失本冬馬、で電撃文庫だけで3人目。なんというかそろそろ「とうま」という名前は禁止にした方が良いんと違うかねえ・・・。どーせ一発置換出来るご時世なんだしさあ、どうなんでしょ?

大賞受賞作だけあって

全体的に高いレベルでまとまっているのは間違いないのですが、気になるところが無いではありません。
例えば「ミスリル」や「ルーン語」や「エルフ」などといった言葉を使っているところですね。上の方で「大きな違和感なく」と書いていますが、逆に言えば小さな違和感はやっぱりあるなあというところですね。作品全体のイメージを損ねているというか・・・。
俯瞰して見渡すとこれらのいわゆるファンタジー作品で使われる言葉が明らかに浮いているように感じます。どうせ幕末という時代を使うのであれば、これらの言葉にもニセでも構わないので「当て字」を使ってしまった方が良かったような気がします。あるいは全くのオリジナルの設定にしてしまうとか・・・ですかね。
現状のままだと幕末にいきなりハヤカワ系ファンタジー作品が混入したような異物感のようなものがあります。まあ作品全体をダメにする程ではありませんが、もったいないですね。これらの横文字と同じように、作中に出てくる魔法の呪文にも奇妙な浮遊感があります。地の文が古式ゆかしい雰囲気を纏っている分、その違和感がムードブレイカーになっているんじゃないかと思います。
・・・まあそれでも手抜き感は無いのでムズムズするような落ちつかなさまでは感じないので、まあいいといえばいいんですけどね。うん。

総合

星4つかなー。
電撃小説大賞の大賞受賞作ならシリーズとしてやっていけるだけの力は既に十分持っているという印象を強く持った一冊ですね。カリスマ的な破壊力を持った作品ではありませんが、堅実、堅牢という長く続けるために必要不可欠な要素を作者が持っているんじゃないかと。なんというか練習熱心なボクサーを想像したりしました。
あと必要なものはなんでしょうね? まあちょっと思いついた所だと「自分の書いた本が出版される」という経験を積むことですかね。つまりは「したたかさ」でしょうか。上の例えのボクシングでいえば試合経験ですか。でもまあこればっかりは一人でどうにか出来るものではないので、今後もへたれることなく今まで通りの創作活動を続けていってくれれば自然に身についていくんじゃないかと思います。
絵師は椋本夏夜氏ですね。安心のクオリティです。カラーも美しく、白黒イラストの表現力も緩急取り混ぜて上手くやってくれています。と言う訳でこの本は、文章と絵、両方とも技巧派でそろえた一冊と言って良いんじゃないでしょうかね。

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