戦略拠点32098 楽園

戦略拠点32098 楽園 (角川スニーカー文庫)

戦略拠点32098 楽園 (角川スニーカー文庫)

円環少女」の長谷敏司なので、その特徴的な文章のせいで分かり難いところがある本ですが、良い本です。カテゴリが[切ない/悲しい]となっていますが、他に当てはまる適当なカテゴリが無かったため、仕方なくこのようにしました。

話の始まり

二つの星間国家間で繰り広げられる戦争の最前線に存在する、「戦略拠点32098」と呼ばれる星で物語は語られます。そこには一人の少女マリアと強化兵士(脳のほんの僅かな部分を除いて機械化した兵士)ガダルバが暮らしています。彼らの空の上では艦隊同士の壮絶な死闘を繰り広げているのですが、星の上の暮らしは穏やかそのものです。

世界観

彼らの暮らす小屋の辺り一面は緑の絨毯のように美しい草に覆われ、外敵となる生物もおらず、実のなる木々が辺りに茂り、むせかえる様な春の匂い、天に伸びる夏の入道雲、秋のすすきの穂を渡る風。いつも高く高く広がる遥かなる蒼穹。そして大地にはかつて墜落した巨大な戦艦がまるで墓標のように突き立つ。少女は木の実をとって日々の糧とし、ロボットは少女を見守って日々を過ごしている、恐れることも苦しむこともない、楽園。

風に波打つ草むらに白い服を着た少女が笑いながら走り出し、その後ろからゆっくりとロボットが付いて歩く。見渡す限りの草原の所々にそびえ立つ雲を貫く程の柱たち・・・そしてこの楽園でどんな物語が紡がれるのか? そんな事を想像したらもうこの本を購入せずにはいられませんでした。

動き出すストーリー

彼らの穏やかな暮らしですが、ある日ガダルバの敵対する国家の兵士ヴァロア(ガダルバよりは人間に近い強化人間)が軌道上から生きたまま墜落して姿を現したことで彼らは邂逅し、奇妙な共同生活を始めることになります。マリアは特に変わることなく遊んで過ごし、そして二人の兵士たちは日々を穏やかに過ごしながらも、時に対立し、彼らの生きる理由、戦う理由、楽園に留まる理由をゆっくりと語ります。殴りあいに発展することもあるのですが・・・。
ガダルバは感情といった「戦闘に不要な要素」が殆ど排除されてしまっているロボットに近い存在です。そしてヴァロアはガダルバに比べると人間的な部分を多く残していますが、それでも痛みなどを失った半人間のような存在です。二人の兵士は無邪気な人間の少女マリアを挟んで幾つかの思惑(特にヴァロア)を交えながら日々を過ごしていくのですが、ある時兵士ヴァロアは、この戦略拠点の存在理由と、少女マリアの持ったある秘密に辿り着くのです・・・。
上手く表現できませんが、非常に静謐な雰囲気をもった作品です。

結果

正直、読み終わったあとに私の中で巻き起こった感情は、上手く一つの単語では表現できる類のものではありませんでした。幸せ?不幸せ?祝福?呪い?諦念?希望?恐らく読む人毎に読了後の気持ちは変わってしまうでしょう。
表紙イラストの蒼と、少女の笑顔は、そのままこの物語の美しさを象徴するものです。ぜひ読んでみてください。おすすめです。
前日の雑記にも書きましたけど、この本が古本でしか手に入らないのがとにかく不思議。再版かければいいのにと思います。

追記

再読して気がついたのですが、この本は、表紙と口絵以外に挿絵がありません。しかし非常に豊かなイメージが文章と口絵から湧き出ているので、挿絵が無い事に気がつきませんでした。やはり、良い本です。

感想リンク