時載りリンネ!

以下の文章は、勢いにのってがーっと書いたものなのでところどころおかしい所がありそうですが勘弁して下さい。
ともかくこの作品は久しぶりに満腔の自信を持ってお薦め出来る良作です

時載りリンネ!〈1〉はじまりの本 (角川スニーカー文庫)

時載りリンネ!〈1〉はじまりの本 (角川スニーカー文庫)

ストーリー

僕の家の隣に住んでいる女の子、リンネはちょっと変わった女の子だ。美味しいものは大好きだし、オシャレにも目がないけれど、たった一つだけ普通と違った所がある。それはリンネが「時載り」と呼ばれる一族の一人だという事だ。
「時載り」達は200万字の文字——およそ本10冊分の本——を読む事によって1秒だけ時間を止める事が出来る一族だ。普段はその力を使う事を家族に止められているんだけど、リンネは時々面白半分で時を止めてしまったりするような結構困った女の子だよ。
そうそう「時載り」の一族についてもう一つ変わっている所があったな。リンネ達は普通の食事の代わりに本を読んで食事にするんだよ。・・・その割にはリンネは読書が嫌いなんだけどね。
——この本は、ちょっと変わった力を持つ少女と、その友達である僕、久高(くだか)が過ごした冒険を綴る、ファンタジーストーリー。

キャラクターが素晴らしい

リンネ

リンネは最高ですね。
12歳という子供から大人になるちょっと手前の微妙な年齢の、一種妖精のようなふんわりとした雰囲気と、少年の延長の様な元気の良さ、ふとした瞬間に覗かせるコケティッシュな魅力。その全てが無理無く融合して一人の「リンネ」という少女に仕上がってます。
ある時は「心が踊る様な冒険がしたい!」と言い出して街に出かけ、

「いい? 悪者に狙われて困ってそうな女の子を見つけるのよ」

とか夢見がちな少年っぽさ丸出しな事を言って見たり。
ある時は、大事なことをしている最中なのに、

「ここの別館に素敵なミルクホールがあったわ! お茶やコーヒーを飲めるんだって。ね、あとで行ってみない?」

とか大人の日常に憧れる様な事を言って見たり。
ある時は遊びに出かけた遊園地で何に乗りたいと聞かれたら、

「メリーゴーラウンド!」

と子供丸出しで元気よく即答したり。
ある時は幼なじみの少年に向かって、

「やることがなくてもいいのっ。久高は私の側にいなきゃだめなの!」

とか無意識に大胆な事を言って見たり。
ある時はそんな事を言っている場合じゃないのに、

「私と友達になって」

なんてもの凄く真っ直ぐな事を言って見たり。
とにかく色々な表情を見せてくれるのですが、それぞれが全く違和感無くリンネという少女の中に存在する事を感じさせてくれます。

久高

この本の語り部であり、リンネのフォロー役ですね。
なんとも苦労性の少年ですが(時々妹の手を引いて連れ歩きながらリンネの弟を背負ってたりします)、それでもリンネの側にいる事に違和感を感じないという希有な少年ですね。迷惑も沢山かけられているようですがものともしません。
・・・別に愛だの恋だの言ったりする訳ではなく、彼の中では「そうすること」が普通に「あたりまえのこと」と結びついている様な感じが本の中から伝わってきますね。
そうは言っても全く意識していないかと言われればそうではなくて、

リンネは形のいい脚を前後に揺らしながら小さく唄を口ずさみ、僕はその隣で、規則正しく揺れるぴかぴかの膝小僧をぼんやり眺めていた。リンネはバレエをやってる女の子なら誰もが憧れる様な綺麗な膝の持ち主なんだ。

なんて所を見てたり・・・とか。

サクランボは実が締まっていて甘かった。リンネは包帯を巻いた左脚を崩して無造作にサクランボを口に放り込む一方、取り外した茎を口の中で舌先だけで結ぶ作業に熱中していた。後で見てみると、リンネが座っていた場所の膝元に綺麗な輪を描いて結ばれた十二本の茎が一列に並んでいたから、どうやら舌先まで器用な子らしい。

なんてちょっと変な想像をしてしまいそうな描写・・・とか。

二人の華奢な身体を申し訳程度に覆っている装飾性溢れるぱんつの鮮やかな白さを網膜に焼きつける前に、僕はオルゴール型の化粧箱を顔面に受けて仰け反ってふっとんでいた。

しっかり見とるやんけ・・・とか。でしょうかね。
語り部になっているのでどうしても冷静な印象が強いですが、その分リンネがちょっと冒険心溢れる気質であるのでちょうど良く相殺しあって、実に良い関係に見えますね。

もちろん

作品内には他にもリンネのライバル(?)になりそうな少女のルウとか、久高の妹の(なぎ)、リンネの家で司書をやっている「G」ことジルベルト・ヘイフィッツ(17歳)/女性・・・など、ちょこちょこ出てくるキャラクターまでがいわゆる型にはまりきらない要素を持ったキャラクターとして登場します。
「ヒロインを全面に押し出した作品」では、ツンデレだのヤンデレだのといわゆる「型にはまったキャラクター」が大量に出てくる作品が多いと思いますが*1この本ほどそう言った「既存のイメージ」に当てはまらないキャラクターが出てくる本も珍しいのではないでしょうか。

話自体は

リンネと久高がある偶然から「読む事の出来ない本」を入手した所から始まります。
「時載り」にとって本は非常に親しい存在であって、読めない本そのものがほとんど無いという事と、古今東西のあらゆる書籍を網羅していると思われるGにすら読めないその特殊性から、その本がかなり特殊な本である事が徐々に分かってきます。
その秘密は「時載り」達の成り立ちにかかわり、「時載り」にとっても伝説の「何者か」との関わりを生んで行くのですが・・・その辺りの謎と、リンネと久高が選択した道については本編で是非確認して下さい。
アクションあり、友情あり、ちょっとした探偵気取りの一日があり、受け継がれる優しさがあるストーリーが待っています。

語り口が素敵

文章を作り出す事、物語を紡ぐ事にそれなりの価値を見いださないと中々書けそうにない文章があちこちに見受けられる本です。
いいなあ・・・と思った所を一つ抜き出してみましょう。

時折、頭上でざあっと風が渦を巻いた。ぎしぎしと骨が軋むように幹が鳴り、やがて静かになると、代わって、渡っていく風の伴奏のように、目の届かぬ森の奥のほうで葉と葉が擦れ合う音が密やかなざわめきとなって僕らを取り囲んだ。トンネルは永遠に終わらず、スニーカーの縁は下草に擦れ、そのまま脚全体が緑色に滲んでしまうのではないかと思われた。

基本的に全編この調子です。
正直最初読みはじめた時はこの物語の空気が余りにも清浄なため、現代日本を舞台にしている作品とは思えない程でした。
ここまで言うと言い過ぎかも知れませんが、堀辰雄の「風立ちぬ 」とかを読んだ時の印象に近いとでも言えば良いでしょうかね。文字の綴り方でここまで物語というのは色鮮やかになるものなのか! とちょっとした驚きに見舞われた瞬間すらあったと思います。
そうそう、あとこの言葉もピックアップ。

「そう。いつも心の中に風を吹かせるの。何か素敵なことが起こった時、心を響かせられるようにね。女の子はいつも颯爽としていなくっちゃ。それから、ときめきを忘れちゃダメよ。わくわくしたり、うきうきしたりする気持ちを大事にね」
「それならまかせて! そういうのは得意だわっ」

ある人物とリンネの間の会話ですが、ここに至るまでのシーンの繋ぎも非常に秀逸で美しいです。

「時載り」の能力について

少しだけ「時間を止める」というものですが、本編内ではそれを使ってのアクションシーンが結構出てきますし、色々な応用のされ方をしていますが、科学的に見た場合「それはおかしい」という所も結構見当たります・・・というか全編そんな調子ですが、その辺りは作者も気がつきながら楽しさを優先して無視した気配があります。
ですのでこの話はあくまで「ファンタジー作品」として受け止めるべきで、間違ってもSF的な読み方をしてはいけません。そういう本です。

総合

揺るぎない星5つ。
久しぶりに「めくるめく」と言った感じの読書体験をさせて頂きました。今まで読んだ作品の中で誰に似ているかと聞かれたら「長谷敏司」と答えると思いますが、長谷敏司よりは叙情的で、いわゆる草木や町並みの匂いを感じる様な描写が得意な作者ではないかと思います。
とにかくキャラクターも魅力的ならストーリーも魅力的という本ですので、この機会に是非手に取って欲しいですね。
イラストは古夏からす氏ですが・・・本編内のイラストはまあまあですが、特筆すべきは口絵カラーの見開きの一枚でしょう。これを見れば作品内の空気を読み取る事ができる一枚です。
強いて言えば・・・この作品はスニーカー大賞に応募した時は「時載りリンネの冒険」というタイトルだったらしいですが、そのままの方が良かったかもな・・・でも子供っぽい内容と勘違いされて手に取られ難くなったかもしれないな・・・? どっちがいいかな? と気になる、って事くらいですかね。

参考リンク

『時載りリンネ!』に登場する書名&作家名リスト(雲上四季さん)
・・・こう言ってはなんですが、何かの怨念が乗り移ったかの様な仕事ぶりですね。

追記

ウパ日記さんが本作に非常に辛口の評価をしているのですが、非常に興味深いです。ウチは絶賛していますが、反対意見も大変貴重という事で、必見です。
それと、鍵の壊れた部屋で見る夢さんが、結構興味深い事をさっくりと表現しています。

*1:別にそういう作品がつまらないとか言うつもりははないですが、新鮮さに欠けるのも事実ですよね?