僕にはどこにも行き場がない

昼休み。また今日も憂鬱な時間が始まる。


クラスメイト達は思い思いの場所で弁当箱を広げたり、売店で買ってきたパンにかじりついたりしながら楽しそうに談笑している。
僕は半ば無理矢理あてがわれた教室の一番前、教卓の真ん前の自分の席で、母さんが作ってくれた弁当を一気に掻き込んで逃げるようにして教室を飛び出した。楽しそうに話す女子たちや下品に笑う男子たちが僕に向ける嘲笑の視線が耐えられなかったからだ。


クラスの中に僕の居場所はどこにもなかった。誰も僕と視線を合わせてくれない。僕の話をまともに取り合う奴は誰もいない。
そんな教室に、僕にとっては敵でしかないクラスメイトのひしめいている教室に昼休みの間中、身を隠すように縮こまって、あるいは寝たふりをしながら過ごすことに耐えきれなかった。

でも、教室を飛び出したからといってもやっぱり僕には行く当てがない。どこにいっても場違いになるのはもう嫌って程分かっていた。
屋上? 冗談じゃない。あそここそ僕にとって一番縁遠い場所じゃないか。いつも態度と体だけがばかでかい連中が、眺めの良い場所を自分たちの指定席のようにして居座っている。そんな場所に行くのなんて獣の檻に自分から入りに行くようなものじゃないか。


結局僕は昼休みの間中、廊下を無意味に往き来して過ごした。廊下では知らない男子が女子とじゃれあっていた。僕は自分の体をさらに小さくするように猫背でその傍らをなるべく素早く通り過ぎる。でも人気の少ない場所では無意味に立ち止まったりした。
窓から校庭を見れば、誰かがキャッチボールをしている姿が見えた。声が聞こえる。誰かの声が聞こえる。でもそれは僕にかけられた声じゃない。耳を塞ぎたくなる。なにも見たくなかった。
無駄な時間を過ごすことしかできない自分がただただ情けなくて、同じくらい他の誰かが憎かった。
でも僕には現在を変えるような事は何もできない。起死回生のホームランを打つ能力なんて僕にはない。そもそも、打席に立つことすらできないじゃないか。自分の想像にも惨めさを煽られて、消えてしまえればいいと何度も思った。でも、それも思うだけだ。何ができる訳じゃないのはやっぱり同じだ。
昼休みのようやく終わろうとした頃、仕方なく教室に戻ることにした。
授業をサボりたくはなかった。授業まで逃げ出すのは何かに負けるような気がしてそれだけはできなかった。せめて成績くらいはそれなりの点数をとっておきたかった。それが僕のせめてものプライドかもしれない。それに、一度逃げ出したらもう歯止めがきかなくなるような気がしていた。


教室に戻ったとき、僕の席に数人の人だかりができていた。
見れば僕の鞄はひっくり返されて中身をぶちまけられて、中身が全部飛び出していた。クラスメイトの一人、悪ふざけだけが目立つ馬鹿が、僕の持っていた本の表紙を周囲に見せびらかしながらゲラゲラと笑っていた。
「おお〜、見ろよコレ〜。なんだかアニメっぽい絵のかかれた本じゃねえ? ひゃひゃひゃっ、こんなもん読んでんのかよアイツ〜。本当にキモイ奴だと思わねえ?」
「ちょっと、やめておいたら〜?」
半笑いを浮かべながら女子が形ばかりの制止ををしていた。そしてその時運悪く、最初の馬鹿が入り口のところで立ち尽くしていた僕を見つけたのだった。
馬鹿は僕に見せつけるようにして本の中のイラストを他のクラスメイトにわざわざ見えるように大きく広げた。
「おいおいお〜い! こういう女の子が好きなんでしゅか〜? どうなんでしゅか〜? 学校にまで持ってきちゃうほどガマンできないんでしゅか〜? ・・・マジ気持ち悪りいなあおい〜。マジキモくね? つーか臭くね? おーい、なんか言ってくれよ〜? なんか言ってくれないとさ〜まるで俺らがお前のことイジメてるみたいじゃねえかよ〜なあ?」
笑い声が人だかりから起きる。
「ほらほら、聞いてんだからなんか言ってくれよ〜? 現実の女の子じゃあ満足できない体になってんのか〜?」
「お似合いっちゃあお似合いじゃねっ? アイツまともに話もできねえしさっ」
「・・・オレいいこと思いついたんだけどさ、せっかくだからこの絵の部分、切り取って机に貼ってやろうぜ? ・・・授業中も”カノジョ”の姿が見られればヤツも喜ぶんじゃない? はははっ、どうよ?」
「お前、冴えてるな〜? そりゃいいね〜! さっそくやってやろうぜ〜? 善は急げだ〜!」


頭がちぎれそうだった。目の前の馬鹿共を残らずぶちのめしてしまいたかった。ねじり潰してしまいたかった。
奴らの手の中では昨日買い求めたばかりの新刊が、無残に切り刻まれようとしている。月の僅かな小遣いを使って買った大切な本が、何故かカバーを剥がされ折られ投げ出されている。
なんとかしたかった。でも僕の足は地面に縫い付けられたように動かなかった。勇気が出なかった。こんな侮辱を受けた時でさえ僕の心と体は僕を裏切るのだ。
なんでだ。空想の世界に逃げ込むことすら許されないのか。自分のものを守るときでさえ僕は勇気を出せないのか。なんであんなゲス共が教室ではばを聞かせていて、目立たぬように注意しながら過ごしている僕に居場所がないんだ。


僕は教室を飛び出した。馬鹿共が憎く、そして同じくらい自分の事が憎かった。教室に帰る時に絞り出したちっぽけなプライドさえもすでに跡形もなかった。
午後の授業開始直前で人気の消えた廊下を走った。心を持てあましてもう訳が分からなかった。走りながら悲鳴を上げそうになったが、必死になってそれを押しとどめる。悲鳴を止めることだって意味のない悪あがきに違いなかったけれど、もうそれしか僕にできる事はなかった。


僕にはもはやどこにも行く場所がなかった。

別に続かないしオチもないです。なんかこー、青春の生々しい1ページというか、そんなのを書いておきたかったというか、そんな感じ?
ま、フィクションか実際にあった出来事かどうかはご想像にお任せしますが。