テルミー(2)きみをおもうきもち

テルミー 2 きみをおもうきもち (スーパーダッシュ文庫)

テルミー 2 きみをおもうきもち (スーパーダッシュ文庫)

ストーリー

高校の一つのクラスが無くなってしまうという悲惨なバス事故で、残された者は二人だけいた。
一人は事故に遭いながらもただ一人生き残った少女・鬼塚輝美(きづかてるみ)。一人は偶然にも事故を起こしたバスに乗り損ねた少年・灰吹清隆(はいふききよたか)。クラスメイトであり幼馴染みであり、恋人でもあった桐生詩帆という少女を失った清隆は、それを幸運と思うことは決して出来なかった。悲しみと喪失感と同時に「なぜ自分は生きているのか」「なぜ自分は死ななかったのか」という理不尽かつ不合理とも言える罪悪感と虚無感に取り憑かれていた。
しかし、彼のそうした思いはただ一人だけ事故から生還した少女に出会った後、少しずつ変化していくことになる。彼女は何か奇妙な”気配”を連れて歩いていた。「安心していいよ――」と清隆に語りかけた輝美の姿には奇妙なことに、彼にとって大切な少女である詩帆の姿が重なって見えたのだった。二人の少女に共通する部分など無いように見えるのに。
それだけではない。輝美は亡くなったクラスメイトの少年の姿を背負って見える時すらあった。そして、他の少女の姿も。輝美が言うには彼女の中には「亡くなったクラスメイトの残された”想い”」が入り込んでいるのだという・・・。
その告白がどうしても嘘とは思えなかった清隆は、彼女がやろうとしている事の協力を申し出る。それは亡くなったクラスメイト達の心残りを一つ一つかなえていこうとするものだった・・・。
ストーリー紹介は1巻のものから特には変えていません。でも少しだけ彼らは変わりつつあるようです。

とても良い話

なので、実を言うと読み進めるにつれて段々辛くなってきました。
いきなりそんな結論だけ言われてもさっぱりだと思いますので順を追って話しますと、この作品の中に出てくる主要キャラクターたちが余りにも誠実過ぎるからです。失われてしまったクラスメイトの二十四人は残された想いだけで行動している分、人の心の純化した部分だけ抜き出されているのか、どこまでも儚くも真っ直ぐ自分を表現しようとするので人の醜さが欠片もありません。既に訪れている死という完全なる終わりを前にして、つまらない偽りなど発揮する意味がないのでしょう。
確かにそうした死者の想いはとても良く理解できるものです。・・・が、それゆえに我が身を振り返った時、体を持った自分の醜さが辛いのです。「肉体を持っていることの絶望」とでも言えばいいでしょうか・・・。生きている限り人は肉の欲から離れられません。それは業と呼ばれるものかも知れませんし、生きようとする意志とでもいうものだったり、リビドーと表現するものかも知れません。そうした「命そのもの」の泥臭さとでもいうものが、死者たちのようには誠実でい続けることを許さないという事を私に感じさせるのです。
変化して変わり続ける命あるものたちは、既に止まってしまった死者たちのようにセピア色の過去に封じ込められて美しく色あせる事を許されない。それこそが命の素晴らしさであるはずなのですが、この話では死者たちが余りにも誠実なために、私は嫉妬してしまうのです。

この話が

間違っても死を賛美しているものでは無いことは百も承知の上での話です。
自分の言っていることがまるで幼稚でマヌケな意見だという事も承知しているつもりです。しかし、心に引きずられて体を膿み、体に引きずられて心を倦んだ数限りない経験が、死者たちに対する憧れという形で心の奥底から湧き上がってくるのを感じてしまいます。
この物語が癒しに満ちるほど現実の私は自分の腐り落ちた肉体をとただれた心を感じずにはいられなくなってしまうのです。慈愛故の悲嘆に満ちた聖母子像の姿が自分の愛の矮小さを暴いてしまうように。
こうした気持ちは「死への憧れ」とでも言えばいいんでしょうか・・・。全くもって度し難いほどの心の持ち様だと自分でも思います。生きたくとも死んでいく人が溢れている世の中で、今現在死から遠く離れた安全なところで死に憧れる・・・心の持ちようが醜いにも程があります。
そうして、私はこの本から目を離せなくなるのと同じくらい読むことが辛くなっていきます。一度読み始めたら止められないような優しい吸引力があるこの本は、私の秘密を暴くための踏み絵のようでもありました。

・・・

物語の方に話を戻しましょうか。
前作から続けて死者たちの願いを叶え続ける輝美と、彼女を支えようとする清隆が中心にいる物語であることは同じですね。前作との違いと言えば、少しずつ自分が壊れていくのを感じている輝美と、戸惑いと怒りを感じる清隆という所でしょうか。
死者を癒すことが必ずしも自分を癒すことに繋がっていないような印象を与える描写が目立ち、二十四人の心を背負った事に適応しているどころかどこか壊れつつある輝美。変わりつつある日常を受け入れられず、頭で理解している事と心の感じていることにどうしようもない乖離と違和感を感じてやはり適応できない清隆。この二人が、死者のために行動する時だけしっくりとくるという感触を持っているというのがはっきりしてきます。
彼ら二人は自分でどう思っていても、この物語で一番「救われなければならない」そして「まだ少しも救われていない」人間なんでしょう。他の人物を癒すことで自分を癒そうとする。そうした苦闘を物語の最初から今に至るまでずっと続けているように見えます。
・・・そして恐らくですが、作者は物語を綴りながらまさにそうした闘いを続けているのではないでしょうか。彼ら二人が救われる、ハッピーエンドになると宣言しておきながらも、まだそこに至る道は見えていないのだろうと思うのです。
・・・死に満ちた悲劇から始まる物語を紡ぎながらその道を模索し続けていくのはまるで苦行の様です。しかし、だからこそ作品冒頭の宣言があるのでしょう。あれこそは「そこへ至るまで志半ばでこの物語を投げ出すつもりはない」という、作者の不退転の決意を表明したものに違いないと感じました。

総合

なんとも難しいですが、星は5つです。
不埒な私がそんな星とか付けていいのだろうかという気がしないでもないですが、確かに素敵で面白い作品であると思うのです。でもきっと、もっと誠実で美しい、この本の感想を書くのに相応しい人間が他に沢山いるはずだと思うので、この作品の素晴らしさはそうした人の感想を参考にしてもらいたいと思います。悲劇以外の何者でもない若者たちの死に僅かでも憧れを感じるような冒涜的な人間がどうこう言って良い作品とは思えないからです。好きとか嫌いとかの次元の話ですらないような気がします。
イラストは変わらず七草氏です。優しく柔らかい印象をもった絵柄はこの作品にぴったりのような気がします。巻を重ねたせいか、1巻の時よりもずっと強くそれを感じるようになりました。おきにいりは軍手と薔薇の書かれた一枚ですね。無骨で不器用な軍手を付けた手と、そこから差し出される薔薇の花が、まるで作中に出てくるお似合いの二人のようでした。

ベン・トー(7.5)箸休め〜Wolves,be ambitious!〜

ストーリー

「佐藤お前どういう事なの。自分以外全員女の子とかいう状況で泊まりの旅行に行くとかなんなの? いいか? 死ね? すぐ死ねよ?」

という全国のロンリー・ハーツな青少年からの怨嗟を一身に背負って我らが宿敵佐藤洋はまさしく上記の呪いの言葉通り、HP同好会のメンツ+槍水先輩の妹であるところの茉莉花+監視の白梅梅様というメンツで小旅行に出かけることになったのだった。
言い出しっぺはあの著莪なのだが、本人は訳あって参加出来なくなってしまったというマヌケぶりを発揮してしまい、このメンバーでの旅行となったのだったが、いずれにしても佐藤の野郎がハーレムスタイルで青春を謳歌しようとしていることは間違いない。であるからして、読者諸氏が自然と「佐藤のケツの穴に極太の肉槍でも刺さればいいのに」と願ってもそれは悪ではない。
・・・まあ実際にはこの本は中・短編集なので他にも話は色々とあるし、話ごとに主人公が違ったりするのでそれ程全開でビクンビクンしている佐藤が見られるわけではないのだが、今回はロリータ的なイベントがあり、しかも

「……お兄ちゃん、コ、コレって……? でも、私、なんだか嬉しいよ……?」

みたいなシーンも含まれる(※作中に上記のセリフはありません※)のでやっぱり佐藤は穴を拡張されればいいんじゃないかと思いました。
いやまあ7巻の感想書いてないんですけどね。まあタイムリーに読まないと感想って書けないですからその辺りは時間があったらおいおいって感じでとりあえずの7.5巻です。

リビングで

この本を読んでいたところ、後ろから何気なく覗き込んできた奧さんが、

「うわっ、随分と字がびっしり書かれた本だね〜?」

と素で言っていました。まさかこれがいわゆるライトノベルだとは夢にも思わなかったに違いありません。大体こんなシリーズが人気で巻数を重ねている段階で若者の活字離れとか言っている層は猛省して陰毛とか剃り落とすと良いんじゃないでしょうか。と思う程度には毎度のごとく空白フォビア全開のシリーズです。イラストが無いと息苦しい。そんな気になるライトノベルはそう多くはありません。
時々ハヤカワのSFとかでそんな気分になったりすることがありますけど、このベン・トーシリーズのそれはハヤカワのそれらを越えて別格です。なんて言うんですかね? うどんでアッサリお昼ご飯を食べていたはずだったのに気がついたらロースカツ丼を食べさせられていた(ポルナレフAA略)とかそんな感じなので、ギャップが凄いのぉ! って感じなんです。
しかも作中に執念深さすら感じさせる弁当関連の美味しい描写がこれでもかこれでもか! と詰め込まれるとなれば、精神的な疲労度はさらに跳ね上がります。このシリーズを読む前には腹を膨らませておくのは最早最低限クリアしておかなければならない課題となりました。

ところで

今回はあせびちゃんがガッツリ登場している短編があるのが個人的にポイント高いです。
巻数を重ねているベン・トーシリーズですが、あせびちゃんほど「何のためにレギュラーとして登場しているのか、ついでに言えばなんであんなに強烈な個性をもっているのか」が良く分からないキャラクターも珍しいと思います。まあある意味で内本くんとか石岡くんと同じようなポジションなのかも知れませんが、そんなゴミ共と同列に語ったら罰が当たるでしょう。
とにかく彼女は可愛らしすぎるので、呪われてもいいからもっと出して欲しいような気もします。もちろん似たような存在の白梅様もいなければならない存在ではないような気がするんですが、彼女に罵られたりするとちょっと気持ちよくなってきているような気がするのでやっぱりいないと困ります。
・・・作者はなんなんでしょうか。未来ある青少年達の心の奥の方にぶっ太いくさびでもブチ込みたいんでしょうか。変な嗜好になって道を誤らせたいんでしょうか。そう考えると今回の茉莉花の行動にも納得が行きますが、もし本当に帰還不可能な所にまで行ってしまった場合、健康保険とかはちゃんと適用されるんでしょうか? ロリコン保険とかドM保険とかあったら入った方がいいんでしょうか。

自分でも

書いていて段々何のことだが分からなくなってきているんですけど、ラストの著莪をヒロインにした話は普通に良かったですね。
なんかこの作者をストレートに褒めるのって屈辱的なんですが、著莪が可愛いから許さざるを得ないという感じです。そうかあ、佐藤が鼻の下をビンビンに伸ばしきっていたのと同日にこんな出来事が起きていたのかぁ・・・なんてしみじみ思ってしまったり、そこから著莪の微妙な乙女心とかを想像してゴロンゴロンと悶えてしまいました。・・・あ、当方三十後半の毛深いオッサンですからね?
でも結局の所どうなんですかね? 本音では佐藤のクソ野郎を「・・・気になる、かも・・・」位に想っている女の子はどの位いるんでしょうか? 全員にフラグが立っているような気もするし、そうでないような気もするし、なんともモヤモヤしますね! 今のところは著莪が一馬身位リードって感じでしょうか? どうですか? 違いますか? 分かりませんか? 分かりませんよね? 私もさっぱり分かりません。
・・・まあ読んでて楽しいからいいんだけどサ・・・あんまりラブ色が濃くなるとそれはもうベン・トーじゃないって気もしますしね。

総合

固い固い星4つは固い。
相変わらず面白いという感じでしょうね。中身が中身なので読み終えるのに通常のラノベの3倍位はかかりますが、いつもの事なので鍛えられた狼の皆様方であれば特に問題はないでしょう。問題はセガのハード事業部が復活するかどうかという部分くらいですが、これほどまでにディープなファンがいるのですから楽観視しても良いはずです。
別の問題としては作者が「もっとページをよこせぇ!」と叫びながら武力蜂起を起こすことですが、これは心配しても始まらないので鎮圧役の集英社に頑張ってもらいましょう。まあもしも作者がブタ箱にブチ込まれた場合でもラノベは書けるので大丈夫です。という訳で読者の未来は安泰ですね。
イラストは柴乃櫂人氏です。女の子は可愛く、おまけに野郎はむさ苦しく描き上げてくれているので読者としては嬉しい限りです。無駄にフェチズムを刺激するようなカットもあるのでサービスもばっちりなので、今後もこのまま邁進してくれると嬉しいですね。

東京レイヴンズ(5)days in nest II & GIRL AGAIN

ストーリー

陰陽塾に通う土御門春虎土御門夏目の前に劇的な再登場を果たしたかつての敵・大連寺鈴鹿
その鈴鹿に夏目の秘密がばれてしまったことによって、針のむしろのような生活を余儀なくされていた二人だった。正確には、以前にあったおもしろおかしい出来事を洗いざらい話させられるという精神攻撃をずーっと受け続けていた訳である。お陰で学校生活がすっかりしょぼくれたものになってしまい、春虎も夏目も完全に精彩を欠いていた。正直二人そろって登校拒否をしたくなる有様と言えば、どれだけ追い詰められているか分かってもらえるだろう。
が、そんな二人につかの間の休息とも言える時間が訪れる。泊まりがけの実技合宿である。最近は土日まで何かと理由をつけて鈴鹿に呼び出しを喰っていた二人だったので、この合宿はまさに渡りに船。合宿そのものだって充分に過酷なものであると知らされていたのだが、久しぶりに気楽に過ごせる事もあって二人だけがクラスで舞い上がっていた。
しかし合宿がスタートするとそこには二人の最も見たくなかった人影が・・・。ぐったりとする春虎と夏目だったが、訳ありであとから合宿に合流した阿刀冬児が持ち込んだ情報から、こんがらがっていた鈴鹿との関係にある種の変化が見え始める。それが良い変化なのか悪い変化なのか、現時点では誰も分からなかったが、やはりクラスメイトの倉橋京子の暗躍もあって鈴鹿が年相応な姿を見せ始めたのは確かなようだった。
・・・という感じで展開する5巻です。陰陽塾の結束強化がポイントになる一冊でしょうかね。

本作は

雑誌連載された短編4本と書き下ろしの中編1本が含まれてます。
4巻が「途中に短編を挟むことになった経緯」から始まって各短編が配置されるという構成になっていたのに対し、この5巻はその後ろ側を補う形で続けて短編を配置し、その後に長編本編の流れに戻って話が進むという構成になっています。
わざわざ言うのもなんですけど見事な見せ方ですね。短編を本編の時間軸にこうした形で無理なく挟み込んだ作品って他にあったかな・・・出版社が違うけれど「円環少女」の7巻とかがそんな感じでしたか。でもあれは短編の数が少なかったから出来た技ですしね。この4〜5巻のように8本もの短編を挟んだ作品は多分ないんじゃないかな・・・。

ともかく

この5巻も春虎たちが2年になった後に(大連寺鈴鹿に脅されて)振り返る形で1年の時に起こったアホらしい出来事で短編の方は埋まってます。書き下ろし長編との雰囲気の違いが凄いというか、はっきり言って夏目無双という感じの短編集です。どんだけ夏目推しなんだよ! とか感じなくもなかったんですが、可愛いので仕方がないというか・・・。
でもあれですよ、夏目ってどう考えても怖い女の子ですよね・・・読者にとっては(あるいは一部の作中人物にとっても)北斗=夏目ってのは明らかな事実であって、変装(?)してまで付きまとっているという事実がもう既に結構アレですし、さらには夏目として春虎に接するようになってから春虎にやらかしたアレやコレを考える時、ちょっと素に戻ると正直寒気が止まりません! ストーカー気質というか、いやもうはっきりとストーカーというか、いやもういっそ変態と言ってしまった方がいいのかも知れませんですね。
特に今回含まれる短編「仁義なきしっぽ」「コールド・メモリー・イン・ダーク」の2編はアブナイですよ! 前者は「その発想と吹っ切れっぷりと解放されたデレデレが怖い」し、後者は「才能と思い込みとディープラブが呼び出す旧支配者が怖い」って感じで、もう果てしなく怖いです。
・・・まあその怖さがそのまま夏目の可愛らしさなんですけどね・・・愛に乾いていた自分の学生生活を振り返ると、このラノベから夏目エキスがしみ出して、ひび割れた青春時代の心の大地に染みこんでいってしまうのを感じます。どう考えても劇薬扱いの夏目エキスを染みこませて良いもんなのかどうなのかちょっと心配ですが・・・普通の女の子じゃ満足できないカラダになりそうで怖いですね!

中編の方は

春虎たち一行が陰陽塾の実技合宿であれこれと苦労する話になっています。
が、実際の本筋は合宿とかお風呂イベントとかにある訳ではなくて、4巻から訳ありで復帰した鈴鹿との関係性を進展(回復?)させるために用意された作品に仕上がっています。夏目の秘密を知った鈴鹿による暴虐の振る舞いこそがここ2冊に及ぶ短編の語りだった(という設定)な訳ですが、この中編をもって「ふてくされた鈴鹿による嫌がらせ」が終了する形になっているみたいです。
鈴鹿は自分だけが知っている事実と現状を組み合わせた結果、自分にとって不快な事実を想定してしまい、結果として春虎や夏目に嫌がらせをしていた訳ですが、その誤解が一部解けて「まだ目がある」と思い直すことによって、関係が改善するという展開になっています。
まあ春虎にとっては特に何も変わらず女性関係で混沌とした状況が続くわけですが、自業自得なので放置の方向です。ですので正直万年朴念仁男はどうでも良くて、私が個人的に一番不憫だと思っているのは、倉橋京子その人なんですけどね! 早いとこ秘密を解禁してあげないと、一度しかない彼女の青春が凄く不毛なものになっちゃうよ! 特に今回活躍が目立つので余計に涙を誘います・・・。

総合

安心して面白いですね。星4つは固いです。
短編の砕けきった雰囲気と、中編のシリアスを多く含む展開が混ざり合っていて、一冊通して読むと非常に上手く緩急のついた作品として仕上がっていると思います。また、冬児の引っ張り出した話題を切っ掛けに陰陽塾の面々の結束強化と秘密の共有なんかが積極的に行われることになって、否が応でもこれから先の激闘を想像させてくれるところも憎い作りですね。こうした下準備をしておかないと満足に戦えない相手という事なんでしょうからね。
それに加え、激闘の3巻で異様な雰囲気を放っていた独立祓魔官の鏡を一部再登場させることによって、現在の陰陽塾が外からどう見えているのか、を端的に表現しているシーンなんかもあります。これは正直そのまま読者の感じている疑問につながる部分でもありますので、それを敢えて理路整然と並べ立てたところに作者の何らかの意図を感じずにはいられませんね。・・・そもそも夏目が男のふりをして学校に通わなくちゃいけないのだって胡散臭すぎる訳ですから・・・。とにかく今後の展開に期待ですね。
イラストはすみ兵氏です。正直1巻とかの頃は大丈夫かいなって感じでしたが、段々良くなってきている気がしますね。動きや奥行きのある絵がもう少し欲しいところですが、その辺りは今後の変化に期待しましょうかね。

感想リンク

神様のメモ帳(7)

神様のメモ帳〈7〉 (電撃文庫)

神様のメモ帳〈7〉 (電撃文庫)

ストーリー

部屋からネットを通じて世界に深く潜り、残酷なまでの事実を掘り出して、死者の言葉を代弁する。そんな自称ニート探偵のひきこもりの少女・アリス。そしてそのアリスの助手という奇妙な立場に収まっているやはりニート気味な少年・藤島鳴海。彼らは街の片隅の「ラーメンはなまる」の側で小さく目立たず生きていた。ある時そんなニート探偵の元に紹介で一人の少女が訪れる。その少女の姿を鳴海が見たことがあった。彼女はただいま絶賛売り出し中のアイドル・夏月ユイその人だった。彼女は昔生き別れになった自分の父親がホームレスになって公園にいたところを偶然見かけたというのだ。そして一度で良いから父親と話をしてみたいのだという。
そのホームレスはギンジさんと呼ばれる老人で、鳴海や他のニート探偵団も良く知っている名前の通ったホームレスだった。なので見つけるのは容易かったが、そこから先の「彼女と話をさせる」という所を実現するのは難しいと思われた。彼は一度は何もかも捨てて逃げてしまったのだから。
いずれにしてもアリスはユイの依頼を受け、そして鳴海は助手としてギンジさんに接触をし始めるのだが、そこから思いも寄らぬ事件が起こることで、些細なはずの依頼は大きな出来事へと変貌していく・・・。
というような展開をするシリーズ7巻です。アニメ化もしてるみたいですね。見たことないんですが。

うーん

ニート探偵の話を読むのがなんだか凄く久しぶりのような気がします。なんでですかね・・・って考えてて思いついたのが一つ。作中の季節が真冬じゃねえかって事です。なんだかそのせいで沢山待たされたような気がしてるんでしょうね。季節のズレた半年ばかり余計に。
・・・って思ってたんですけどね、もっと重大な理由を発見しました。俺5巻と6巻の感想書いてねえじゃん。そりゃなんか久しぶりって気持ちになるよな! いや読んでますよ読んでるはずですよ、だって両方とも本棚にちゃんとならんでるもん読んでるもん。でも確か長編はなかった・・・なかったよね?
まあ細かいことはいいんですけど、久しぶりって感じがしたのは確かですね。鳴海の当たり前のようで少し誠実すぎる思考に触れるのは相変わらず心地よかった事は書いておかないとまずいですね。それはアリスもそうですが・・・やっぱりこの作品の魅力ってそのまま鳴海の魅力だと思うんですよ。もっと大まかに言うと野郎どもの魅力で持っている作品と言えそうです。ライトノベルとしては希少種なんですが、人気のある作品は必ず主役やサブの野郎が魅力的なんですよね。

だからといって

ヒロインの魅力がない訳じゃありませんけど。
でも正直言って、ヒロインのアリスの魅力が鳴海の魅力に負けているところがあると思います。まあ視点が鳴海固定なんで作品そのものが鳴海成分タップリになっちゃうんでアリスはどうしようもなく不利なんですけどね。まあ6:4、いや7:3位で鳴海の勝ちかな?
こんな事もしも作中のアリスに言えたらもの凄い勢いで罵倒されそうな気がしますね。・・・ん? あれ? あれれ? 意外にも・・・そうでもないのかな? なんかかんだ言って鳴海の魅力を一番理解しているのはアリスなんでしょうから、赤くなって沈黙してしまいそうな気もしますね。
今回もアリスは死者の代弁者の役割を果たしている時以外は鳴海にダダ甘えしまくっているので、もう完全に【アリス → 鳴海】であり下手すると【鳴海 > ドクターペッパー】なんですけど、微笑ましく見える一方なのでやっぱり楽しいですねこの本。

「うん、まあ、そんな大勢の観てる前に出るのはよくないよね。アリスには、ずっと僕だけの探偵でいてもらいたいよ」

これはアリスのTVデビューを勝手に想像した挙げ句、無理があると考えた鳴海が口走った台詞だったりするんですが、何考えてるんでしょうかこの女殺しは。結果アリスは大慌てです。

「きっ、きみだけのっ? な、ななななんだそれはっ」
「なんだそれは、って……本音を言っただけだよ」僕以外の人間といつもあの調子で話していたら絶対に相手を怒らせると思うよ?
アリスは珍しく上目遣いで僕の方を見つめながら、探り探りの声で言った。
「……きみは、ほ、ほんとうに、ぼくのことをそんなふうに思っていたのかい」
「いや、悪かったよ正直に言っちゃって」
「なんで謝るんだッ」
「なんで怒るんだよっ!」

この手の事になると勝手に知性が暴走して断崖を渡るはしごを架けちゃうのがアリスで、向こう岸に渡るのに十分なはしごが架かったと思ったタイミングで無意識にはしご外すのが鳴海ですね。実に可愛いやりとりですよ本当。

今回の事件も

この本って分類するとしたらミステリーのカテゴリーに入るんでしょうか? なんか違うような気もするんですよね。「神様のメモ帳」という独立したカテゴリーがあるような気がするというか・・・まあつまり、今回も見事なまでの神様のメモ帳クオリティでした。
地味なんですけど当事者にとってはどこまでも大切な出来事を中心に据えて語られる物語。そして伏せられた一片の真実がアリスによって明らかにされる時、それは残った人たちの心に美しいスライドのように淡い光を残すのです。このなんとも言えない読了感を作り出してくれるこの物語の作りはやっぱり一流の証だと思いますね。派手さはなくても心のどこかに忍び込んでくるような物語を書けるって凄いことだと思います。
こういう出来の作品ばかりがライトノベルとして出版されていれば、もっともっと盛り上がるんだろうにな〜なんて思ったりするんですが、まあ無い物ねだりですよね・・・お気楽なラブコメとかもなくなったら困りますし。玉石混淆なのが魅力なんだって分かってるんですけど、読了後についそういう事を言いたくなる出来だったと思って下さい。

総合

星5つですね。
あら? 意外にもこのシリーズでは星5つが二回目? ・・・そうそう、1巻の時とかってあの「GOSIC」と被っている気配がビンビンしたので星が減ってたんだった。アリスとヴィクトリカが似てるとか書いて星を少なくした記憶があります。
が、ここに至っては流石に似ていると言うつもりはないですね。巻数を重ねて見事なオリジナリティを獲得していると思います。表向きのキャラの作りが似ていても、ちゃんとキャラの内面描写を丁寧に積み重ねて行けば全く違う空気を醸せるようになるんだな、と思えた一冊でした。こんな風にキャラクターの印象を塗り替えられたのは初めての経験かも知れません。
また一つ物語を重ねた鳴海とアリス。この二人が歩いていく先ってどんな未来なんですかね。でも一番気になるのは鳴海ってまだ高校生だよねって事なんですが。巻が進むにつれて学校生活が全然想像つかないキャラクターになってきてしまってますが、彼の学校生活は大丈夫なんでしょうか。いらん心配ですけど、アリスのいない所で一度派手に青春してもらって、アリスがいつも以上にやきもきしまくる作品とかも読んでみたい気がします。
イラストは安心の岸田メル氏です。もう特に何も言う必要はないですよね。カラー、白黒、どちらも丁寧で素晴らしいです。そうそう、神様のメモ帳7巻を記念して、岸田メル氏が書き下ろしのアリスのイラストをアップしていた記憶があります・・・そうそう、コレ! 見ておかないとなんか損ですよ!*1

感想リンク

*1:嘘だけど。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(2)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。2 (ガガガ文庫)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。2 (ガガガ文庫)

ストーリー

比企谷八幡の高校生活は平塚先生に無理矢理「奉仕部」に入部させられたことによって劇的な改善を見せたりする程ヤワではなかった。

彼はまさに生え抜きかつ古参とも呼べる年期入りのぼっちなので、ちょっとやそっとの事では揺らがないのである。というかそもそもぼっちが悪いとかダメだとかいけないとか思ってない(と本人は強く主張している)ので、改善の余地などないのだ。それは同じ奉仕部に所属している雪ノ下雪乃にしても同じ事であり、二人は本人達にも良く分からない接点だけを持ちつつ今日も高校生であった。

しばらく前に関わった出来事から奉仕部には由比ヶ浜結衣というビッチ(と八幡はカテゴライズしている)がたむろするようになったし、中二病臭がキツ過ぎるのでもう光学迷彩を着ているから見えないという事にしたい男である材木座義輝や、どうして男なのかいや本当に男なのかどっちにしたって俺がお前を守ると言ってあげたい戸塚彩加などが顔を出すようになっていた。

しかし奉仕部として特にやることがないという状況が変わるわけでもない。何事もなければそのまま毎日が地味に過ぎていくわけだが、時々トラブル解決の依頼らしきものが飛び込んでくることもある。それを連れてくるのはある時は八幡の妹の同級生であったり、ある時はリア充で有名な葉山という少年だったりするのだが、奉仕部はなんだか良く分からないが彼らの問題解決に力を貸したり貸さなかったりという感じだった。

という感じで2巻は展開するのですが。楽しい作品はあっという間に読み終わってしまうのが悲しいですね。

主人公の

八幡の全くブレのない腐敗っぷりと言いますか、あるいは磨き抜かれたぼっちスタイルがいっそ清々しいシリーズ2巻ですね。

まあ主人公が簡単に作品のメインテーマ(ぼっち)から離れるような行動を取るとも思えないので既定路線と言えばその通りなんですが、八幡による安定したロンリー思考&アローン行動が作中に前作と同様にタップリと盛り込まれているので寂しいときも安心です。

なんか敢えて横文字使って表現してみるとシームレスに1巻からこの2巻へと読み進めることが出来るという事です。早い話が1巻と同じように楽しいと言うことなんですが、無駄な横文字とか使うって行動はぼっちへの第一歩って感じがしませんか。本人だけまるっと納得して使っている割には、知らない人からするとうざったいだけだという辺りが特に。

なんか難しい概念とかビジネス用語とか覚えてこれはしたりとばかりに使いまくり、周囲を置き去りにしていたつもりが気がついたら自分の周りに誰もいないので、その段階でやっと「自分こそ青春五里霧中?」という事実に気がつくも時既に遅く、遠くからキャッキャウフフと声がするのをお地蔵さんのように聞いているだけになってしまうという展開がよくあります。・・・ありますよね?

・・・いやいや、私じゃなくてですね、友達がそんな話をしてたんですよねあれは中学の時のクラスメイトが知り合いで、知人と称するに至る経緯というのがまた複雑ですのでとりあえず以下略。

お話の方ですが

よくもまあこれだけなんてことない出来事だけで二冊も仕立て上げられるなあという気分になりまして、素直に感心したりしました。

いやだってねえ・・・私とかでも流石にそこまで高校時代のぼっちライフの事とか覚えてないですもん。まあ私の場合は遠く過ぎ去った過去になったからという事もあるんでしょうが、他のまだ若いラノベ作家が必ずしも成功していない物語の作り方を軽々とやってのけている所は本当に見事じゃないでしょうか。どんだけ怨念抱えてるんだか想像するだに恐ろしい気がします。

まあ作者もあとがきで自分の青春を肯定的に振り返ったりしていましたが、もの凄い否定が積み重なった地層も、活用の仕方によっては肯定になるという典型的な形じゃないですかね。作者の人がドンドロドロな青春を送ったお陰で我々がこの物語を楽しむことが出来ているのだ、作者のねじ曲がった青春こそこのラノベの楽しさの原動力だとか思うと、いっちょタイムマシンとかで遡って当時の作者をもうちょっと痛めつけたろか? とか思いつく私はちょっと鬼ですか?

ちなみに

相変わらずキャラクター達は無駄にぼっちで生き生きしてます。

八幡はいうに及ばずですが、彼を今風に残念キャラとか言ったら負けだと思っている私です。なんだか分かりませんがそんなのよりもっと病気が根深いって意味でですけどね。

そう、それは中学二年生になったばかりのころ、俺がくじ引きで学級委員になっちまったとき、可愛い女子が立候補して、その女子が『これから一年間よろしくね』とはにかみながら言い……。
っぁあっ! あっぶねぇ! またあの意味が全っ然わかんねぇ思わせぶりな台詞に騙されて大怪我するところだったぜ!
既にそのパターンは一度味わっている。訓練されたぼっちは二度も同じ手に引っかかったりしない。じゃんけんで負けた罰ゲームの告白も、女子が代筆した男子からの偽ラブレターも俺には通じない。百戦錬磨の強者なのだ。負けることに関しては俺が最強。

・・・見て下さいよこの安定感。どんだけ土台が固いんだって感じですよね。ブレないですね! 彼はブレない! いや〜持ってますよ彼は!

まあ八幡に限った話じゃないんですが、やはり彼と雪ノ下の二人がツートップという感じではありますよね。雪ノ下はおそらくヒロインのはずなんですが、デレとか一切関係ないと思わせる鋼のようなぼっち魂が凡百のヒロインと違うところです。

「初めまして。雪ノ下雪乃です。比企谷くんの……。比企谷くんの何かしら……クラスメイトではないし、友達でもないし……誠に遺憾ながら、知り合い?」
「何その遺憾の意と疑問形……」
「いえ、知り合いでいいのかしら。私、比企谷くんのこと名前くらいしか知らないのだけれど。より正確に言うのならば、それ以上のことを知りたくもないだけれど。それでも知り合いと呼ぶのかしら」

まあ八幡はオワコンなので仕方がないとしても、由比ヶ浜に誘われた勉強会でも全くぶれずにさっさとヘッドホンをはめて個人の世界に引きこもってから勉強を始めるという「高校生の言うところの勉強会」を真っ向否定するスタイルを自然ととれる女です。雪ノ下さんマジぱないですね。

まあこんな感じで主人公級二人が重度のツン(デレ期不明)なので、ラブコメ的には由比ヶ浜(ビッチ)に頑張ってもらうしかないという惨憺たる状況です。いっそ戸塚彩加さん(♂♀?)に頑張ってもらう方がお色気シーンの描写までの道のりが近い気がするのは私だけではないはずです。

総合

いや面白かった! 星5つですね!

今作ではリア充まっしぐらのクラスメイトである葉山くんの悩みを解決するにあたって、スクールカーストとかあるいはクラスメイトとよばれるグループの微妙すぎる人間関係をあぶり出してみたり、姉の行動がすっかり変わってしまったという弟の訴えに応じて、新キャラの川崎沙希の秘密に迫ったりするというちょっと王道っぽい展開なんかも交えて、飽きさせません。

八幡の妹の小町のキャラを掘り下げたり、由比ヶ浜の微妙な心境やらを描き出してみたりとか、さらには雪ノ下のプライベートの秘密やら抱えている傷、はては過去のアレとかも見え隠れしてきていて、ますます目が離せません。気がついたらぼっち的青春ど真ん中な燃えラノベになる可能性なんかも残している感じが侮れません。という訳でさっさと3巻出せやコラ。

イラストは変わらずぽんかん⑧氏です。よく見てみると普通に女の子過多のイラストがほとんどなんですが、漫画的な表現を上手く配置しているせいか、飽きさせません。もうちょっと絵の幅を広げてくれれば(女の子ナシで一枚仕上げるとか)もっと楽しめると思うんですけどね。可愛いイラストが嫌いなラノベ読者ってそういないと思いますが、やっぱり一冊通してメリハリがあった方が美味しく頂けると思うのですよ。そういう意味で1巻の材木座の一枚はいいアクセントでした。

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魔弾の王と戦姫

魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 (MF文庫J)

魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 (MF文庫J)

ストーリー

ブリューヌ王国の外れ、森の深い土地にアルザスと呼ばれる土地があった。そこに暮らすティグルヴルムド=ヴォルン(ティグル)は伯爵家の嫡男であり、このアルザスを統治している立場にあるが、若干十六歳の少年でもある。しかし彼は父の後を継いでの堅実な統治によって民からの信望も篤く、穏やかな暮らしを続けていた。
伯爵家と言っても昔は狩人であったというヴォルン家は新興貴族であり田舎貴族でもある。その結果としてティグルには一切堅苦しいところがなく、質素な生活をするどこにでもいそうな若者であった。ただし――人一倍抜きんでた弓術と狩りの腕を除いては。
しかし、そのような田舎の貴族も王から戦争のための召集ともなれば無視するわけにはいかない。
大貴族の率いる戦力からすれば誤差と言ってしまってもいい僅か三百の兵士を率いて戦争へ参加することになったティグルは、赴いた戦地にてこのたびの戦の相手となる”ジスタートの七戦姫”の話を耳にする。『銀閃の風姫(シルヴフラウ)』との異名を持つエレオノーラ・ヴィルターリア(エレナ)という名前の常勝の姫だという。
しかし、いかに優れた力を持つ戦姫と言えど彼我の戦力差は圧倒的とも言える五倍。負けるわけもない数をそろえたブリューヌ軍に緊張の気配は見られなかった。しかし、その隙を戦姫は見逃さなかった。そして戦姫による奇襲は、気のゆるんだブリューヌ軍に致命的な混乱を巻き起こしたのだった。
戦いの後に気を失っていたティグルが目にしたのは、敗走したブリューヌ軍と、勝敗の決した戦場を悠然と歩む戦姫の姿だった。恐らく追撃に移っているであろうジスタート軍を足止めするそのためだけに、ティグルは一人弓を手に戦姫に無謀な戦いを挑むのだった・・・。
というファンタジー的舞台で始まるライトノベル作品です。

この作家の

本をちゃんと読むのは富士見ファンタジアから出版されてた「ライタークロイス」以来なんですが、なんか気がついたらまた中世ファンタジー系とでも言うような似た作品を手に取ってしまっていました。いや、別に後悔してるとかじゃなくて、やっぱり一回楽しんだ作品と同じ系列を無意識に選んじゃうものなんだなと。やっぱり同じくらい楽しみたいものですもんね。
という訳でのこのシリーズですが、主人公が優れた弓使いというのはそれ程目新しいという訳ではないですけど、やりようによっては上手いことオリジナリティを出していけるかも知れないなとか思いました。そういや「ライタークロイス」も主人公が剣ではなくて槍使いでしたね。
それに、国土の成り立ちやそこから進歩した戦争の進め方の問題で弓兵や弓術そのものが軽く見られているという作中の設定は物語を盛り上げるエッセンスとして味があるように思います。

それと

敵方に一騎当千を実現するほどの超絶的な戦闘能力を持った戦姫(ヴァナディース)を配置しています。なんかこれは魅力を感じる設定でした。特にそれが可愛らしくも凛々しすぎる女の子ともなればなおさらです。
戦姫はかなり作中のパワーバランスを壊す設定なんですが、主人公をさっさと戦姫の捕虜にしてしまうことで正面衝突を最初の一回(一騎打ち)で終わりにしてしまって、上手いこと話をラノベ的に盛り上げるのに使っていて上手いです。
実質的な話のスタートは主人公のティグルが敵国の捕虜になってしまうところからですからね。ティグルからすればいきなりのアウェー全開な訳ですが、敵国から自国を眺めることで見えてくる問題も多々あったり、想像以上に優れた統治を行っている戦姫の支配領土を見ることで、地方貴族といえども土地を治めているティグルとしては勉強になることが沢山ある・・・。
しかも戦姫にその弓の力を見込まれた結果の捕虜であり、好待遇での誘いがあったりするともなれば心も動くんでしょうが、故郷を捨てられないティグルという若者は、やっぱりファンタジーものの主人公としての資格があるという事なんでしょうね。

しかし・・・

なんというんですかね、この人の本って感想を書き辛いんですよね・・・。
作風で言えば良い意味で萌えに走りきらないんですが、かといって萌えを完全に切り離せる訳でもないんですよね。リアリティを捨て切る訳でも無いんですが、リアルと言うほどの中世感でもないという・・・全体としては面白いんですけど、パーツで抜き出すと魅力がイマイチ伝わらないという感想書き泣かせ(私だけか?)な作家さんなんですよ。
こういう作風の人って他であんまり出くわしたことがないなあ・・・。例えばヒロインであり一応敵でもある戦姫エレンの印象的なセリフでも抜き出しておきたいんですけど、とんと思いつかないという・・・出版元がMF文庫だという事を考えればとんでもない作家さんなんじゃないかという気がしてきました。
なんですかね、ヒロインたちは「あっちの行動と、こっちで起こった行動を組み合わせてみると、ギャップがあって凄く可愛い」とかそういう見せ方なんです。だから一カ所だけとか部分単位で抜き出してもあんまりその良さが伝わってくれないんですよね。

話の方は

捕虜になってしまったティグルと、彼の弓に惚れ込んだ戦姫エレン、公私に渡ってエレンを補佐する一見堅物の女騎士リム、ティグルの帰りを待ちわびる故郷アルサスの面々と、ティグルに昔から仕え続ける妹のような可愛い娘のティッタ、といった面々を中心に進みます。
さらに話が進んでいくと、序盤で起こった戦争に敗北したことで内部に潜んでいた問題が噴出し始めたティグルの故国であるブリューヌ王国と、七人もの戦姫を擁しながらも版図の拡大を行えないジスタート王国に共通する「仕えるに値する王の不在」という構図が見えてきます。そうするとタイトルに含まれる「魔弾の王」という言葉が気になってくるのですが・・・どうなるんですかね。
よく考えてみると「ライタークロイス」でも侍女と王女の恋の鞘当てが楽しかったですが、今回もどうやらエレンがティグルに向ける視線は物語後半になればなるほど徐々に怪しくなりますし、ティッタはもうティグルが帰ってくるためには水垢離でもお百度参りでもなんでもやってしまう程にガチなので、基本この二人が衝突するんでしょうねぇ・・・モテる男はいいなあ・・・。

総合

うーん? 星3つ、いやまあ4つ・・・なん?
あくまでMF文庫から出版されているファンタジー系戦記ものとしてはという条件付きですが、ライトノベル読者の比較的広い層が安心して楽しめる作りになっているんじゃないかと思いますね(萌えとノリに走りきらないという意味で)。無茶な設定がありすぎて読んでいる最中で心が萎えてしまうような事もなく、最後まで一定のペースで楽しむことが出来ました。
実はアマゾンのレビューが好評だったみたいだから買ってみる気になったという珍しい本なんですが、まあ頷ける出来だったと思います。本格ファンタジーとか本格戦記ものとか言ったら完全に嘘ですが、ライトノベルならそれに萌えとご都合主義を足して一冊書き上がるといういかにもラノベらしい作品でした。2巻にも期待したいところですね。
イラストはよし☆ヲ氏です。が、全然魅力を感じなかったですね。特別手を抜いているという感じはしませんでしたが、男性キャラ(絵になっているのはティグルだけですが)の優男っぷりはいっそマヌケに見えましたし、女の子の絵にも個性が感じられなくて「チェンジ」と言いたくなりましたね。まあ単に私の絵の好みの問題なんでしょうけど・・・。

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寄生彼女サナ

寄生彼女サナ (ガガガ文庫)

寄生彼女サナ (ガガガ文庫)

ストーリー

増川唐人(ますかわからと)はどこにでもいそうな高校生である。
父親は生物学の権威であったが家庭を顧みないタイプの人間だったので、従姉妹の増川桜が入り浸って唐人の世話を焼いたり寝込みを襲おうとしたりする毎日を適当に過ごしていた。どちらかと言えば唐人は一人を好む性質だったので、他者の介入の少ない今の生活をそれなりに気に入っているようでもあった。
が、ある朝学校に遅刻しそうになった事を切っ掛けに唐人の人生は一変する。桜に手当たり次第に口の中へ放り込まれた朝食の中に、何やら怪しげなモノが混ざっていたようなのだ。お陰で一日中奇妙な腹痛に悩まされることになる唐人。しかしその日はなんとか乗り切ったものの、一人になった夜に痛みのピークが訪れたのだった。
激痛の走る部分を見ると、異常なまでに膨張した腹部がそこにはあった。死を意識せざるを得ないほどの激痛。そして唐人が見たのは、自分の腹部からしゅるしゅると飛び出してくる紐状の何かだった・・・。現実離れした光景について行けない唐人だったが、腹から飛び出てきた何かはみるみるうちに姿を変えて、一人の女の子の姿へと変貌したのだった。

「今日からお前の腹に寄生することになった! よろしくな!」

すっぽんぽんのまま陽気にそう告げた謎生物は自分をサナと名乗った。何が起きているのか分からない唐人が一つ一つ会話で疑問を埋めていくと・・・サナはどうやら寄生虫の一種らしかった。意識を持った寄生虫”パラシスタンス”だという。こうして唐人とサナの奇妙な同居生活が始まった。
・・・という感じで始まるラノベです。荒削りで良いところも悪いところもある作品ですが、まあ読んで良かったかな・・・? というガガガ文庫の優秀賞受賞作品です。

こりゃまた

なんとも奇妙な出来映えの作品をよんじゃったなあー。
ガガガ文庫の優秀賞ということなので特に何も考えずに(財布の中身は気にしましたけど)レジに持っていって、読んでみたという状態なので、もしも購入動機を聞かれたら「た、太陽が、黄色かったから?」とかしか答えられないような所から読者としての私はスタートしているんですが、そんな裏が無いような私でもなんとも混乱するような作品でした。
という訳でこれから色々と感想を書いていくわけですが、もしも、なんらかの偶然が重なって作者の人が読んじゃった場合、なるべく傷つかないで下さい。いや、別に悪口並べ立てようって訳じゃないんですが、人間何で苦しむか分からないですからね・・・。

というわけで

作品の内容ですが。
寄生彼女って、あーパラサイトシングルとかそういう・・・じゃなくてリアルに寄生虫的な意味なのね? ミギーなのね? ってアイデアは面白いと思いましたね。まあ腹からニュルって出てくるのは一体どうしたもんかとか思ったりもしましたが、ユニークであることは間違いないと思います。
「エイリアン」+「寄生獣」+「親方!腹から女の子が!」悪魔合体の結果この世に生まれ落ちたという事ですか。・・・まあいつか誰かがやってもおかしくない感じではありますが、生き馬の目を抜くラノベ業界では先にやったもん勝ちです。これはアリですね。
出てきた寄生虫が女の子の姿を取って、しかも無知で純真なキャラクターであるというのは独特とは言い難いですが、十分セーフでしょう。

「世代を超えて、腸越えて! 腹から飛び出て宿主を守る!」
少女はすうと息を吸い込んでからにっこりと笑っていった。
日本海裂頭条虫のパラシスタンス、サナだ! 突然だが、今日からお前の腹に寄生することになった! よろしくな!」
そうやって、少女は剥き出しの胸を誇るように張ったのだった。

・・・目黒の寄生虫博物館にそのニョロニョロとした姿が陳列されていたように記憶してるんですが・・・まあ詰まるところサナダムシです。ヒロインがサナダムシというは・・・あ、愛せるか俺・・・? と頭をちょっと抱えたという事をここに記録しておきます。
ちなみに弱点は(ネタバレだけど)トイレ。

「い、一応! 寄生虫から進化した者として……水洗便所は本能に刻み込まれた恐怖の場所なんだ……! かつて数えきれぬほどの同類がそこから流されて無残に死んでいった……も、もしそんなところに入ったら……本能のトラウマがよみがえって……ひ、紐状にもどるぞ!」

別に水洗に限った話じゃないんじゃないかな〜とか思わなくもないですが、それはそれとしてサナって花京院のスタンドっぽいですね。あるいは徐倫ストーンオーシャン

キャラクター視点で言えば

なかなか魅力的な登場人物は他にもいますね。
その筆頭が主人公の従姉妹であり妹的なポジションであり一年中発情している少し変態入った娘・増川桜でしょうか。性的な情報から遠ざけられて育てられてきた結果、ある時そのての情報からの守りが決壊したその反動で、非常に性的なことにアグレッシブになってしまったという従姉妹です。・・・エロマンガならもう一本描き上がったも同然の設定ですね・・・。

「いやっほおおおおお! お兄ちゃんの荒ぶる海綿体発見んんん!」

新しい朝の儀式ですかね・・・。

「お兄ちゃんの貞操が、危ないいいいいいいいいいいい! お兄ちゃんの、童貞! お兄ちゃんの童貞、食べたかったよおおおおおおおお」

「さ、桜ちゃん、行こー、部活行こー……」
「いやだあああだああああああ! 四十八手暗唱するうううううう!」

童貞が食べられないような事態が発生すると四十八手を暗唱するという行動につながるようです。
以下はメール。

『大丈夫? お兄ちゃんの童貞だよ?』
『ポイ捨ての前によく考えて! 童貞一時、非童貞一生』

「大丈夫、ファミ通の攻略本だよ」的な事を言われても困る。つーか男の童貞ってそんな食いたいものかなー……。まあ男の中にも処女が大好きという連中がいますので、女性でそういう嗜好をもった人がいても驚かないですが、これ以上ピックアップすると誰がメインヒロインなのか良く分からなくなるのでこの辺で。

他にも

変な生徒会長やら変な同級生とか色々と出てきます。
同級生の方は個人的にストライク感がありましたが、生徒会長は派手な登場の割に何しに出てきたんだが分かりませんね! まあページを埋めるためのキャラクターとして都合が良かったというのは想像に難くないですが、中盤を賑やかにしただけで本筋に全く絡んでこないというのはちょっと使い捨てが過ぎるかな・・・とか思いました。
あと・・・これはまあ仕方がない事なのかも知れませんが、ちょっと主人公の描写にバラツキが散見されるなあと思いました。ある時は中二病っぽさ全開の異能バトル主人公っぽくなってしまったり(まあ理由はあるんですが)、ある時はハーレムラブコメにありがちなツッコミスタイルになっていたり、ある時はほのぼの系作品の穏やかさを印象づけるキャラクターになっちゃったりしてます。個人的にはもう少しキャラクターの作りに気を使って欲しいところです。
・・・これはあくまで想像ですが、賞に応募するにあたってシリアスやらコメディやらバトルものやらを検討して推敲に推敲を重ねた結果、色々と混ざっちゃったのかな〜という印象です。あるいは面白くしようとして何もかも詰め込もうとした結果なのかも知れませんが。
最初から「こういう作品を書こう!」として書き上げた作品と、途中から方向転換して修正した作品では、やっぱりどこかしら出来上がりの姿が変わってくるものだと思いますので、今後は出来上がりを可能な限り完全に近い形でイメージしてから書き始めると良いんじゃないかと思います。

総合

デビュー作としては悪くないと思いますが、星は沢山上げられませんね・・・3つかな。
ヒロインのサナが従姉妹の桜に喰われてる感じもありますし、人に寄生するような危険物を一般家庭のそんな所に置いておくなよと言いたくなるような展開をしますし、保健室の先生もなんかちょっと良い事言っているような気がするけど普通そんな反応しないと思いますし・・・うーん、荒削りさがあちこちで目立つ作品だったことは間違いないと思います。
あと個人的にはラストバトルいらなかったんじゃないかなーとか思いました。最後の盛り上がるシーンが主人公の助けでサナが○○○に○されるピンチを乗り越えるところ、というのも良かったんじゃないでしょうか? だってそんな馬鹿らしいピンチを乗り越えて深まる絆というのがクライマックスなんて他のラノベには無いと思うんですけどね、どうでしょう?
でもまあ全体で見れば荒削りながらも魅力も感じたと言うことで、今後に期待したいところです。2巻とか出ますかね? まあ売り上げ次第だと思いますが、出たら読んでみようとは思います。
イラストは瑠奈璃亜氏です。カラー、白黒ともに綺麗で丁寧ですが、人物のアップしか描けないという印象を持ってしまいましたね。もう少し奥行きや周りの描写とかもあるといいんですが。なんかエロラノベの挿絵を思い出してしまいました・・・エロい絵は無いんですけどね。なんか、構図とか。

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